週刊大阪日日新聞

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2018/8/11

長崎浪漫紀行 歴史と文化にふれる旅

世界遺産「潜伏キリシタン関連遺産」平戸・五島列島を訪ねて


▲頭ヶ島天主堂の聖母マリア像

 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本)の世界遺産登録が決定し、改めて熱い視線が注がれている。「2世紀以上にわたる禁教下で信仰を継続した独特の宗教的伝統を物語る、他に類を見ない証拠」とユネスコの世界遺産委員会から高く評価された。12の構成資産のうち長崎県の関連地域を訪問。潜伏キリシタンに寄せる思いや世界遺産登録を契機に地域活性化を思い描く人たちの表情を追った。

潜伏キリシタンとかくれキリシタン

▲珍しい石造りの教会堂として知られる頭ヶ島天主堂。頭ヶ島に戻った信者たちが島の砂岩を積み上げて造った

 大阪国際(伊丹)空港から空路1時間15分。プレスツアーの仲間と共に長崎空港で待ち受けていた、長崎巡礼センターの入口仁志さん(72)。

 冒頭、入口さんは潜伏キリシタンとかくれキリシタンの違いについて解説した。


▲頭ヶ島のキリシタン墓地

 「1549年、フランシスコ・ザビエルが種子島に上陸。キリシタン大名なども誕生したが、1614年に江戸幕府がキリスト教禁教令を発布したことから、キリシタンは迫害を逃れるために、信仰を隠して、表向きは仏教徒のように生活。指導者もいないなかでキリスト教を守り続けた人たちを潜伏キリシタンと呼んでいる。

 かくれキリシタンは、 1873年に弾圧が終わった後も、隠れた状況のままで、カトリック教会に戻らなかった人たちのこと」

南国の豊かな景色を愛でる

弾圧の歴史と重なる頭ヶ島集落

▲レンガ造りの青砂ヶ浦天主堂

 明治以降、多くの教会が信徒の浄財で建立された。最初に訪ねたのは頭ヶ島集落(頭ヶ島天主堂)。集落の歴史はキリシタン弾圧の歴史とも重なる。

 入口さんは「戦国時代、一時は2000人の信者がいたとされるが、1868年のキリシタン弾圧『五島崩れ』で、頭ヶ島でも信者の拷問が相次ぎ、島民全員が島を脱出せざるを得なくなった悲しい過去がある」。

 そうした、悲哀のドラマに思いをはせながら、頭ヶ島天主堂を見つめる。全国でも珍しい石造りで、重厚さが伝わる。中に入ると随所にツバキをモチーフにした花柄文様が目に入る。気分が軽くなるのを感じる。「花の御堂」と親しまれているのもうなずける。


▲潜伏キリシタンの歴史を刻む野崎島。西海国立公園で景観も素晴らしい

 鉄川与助の設計・施工で、建立されたのは1919年。信者らの献身的な労働奉仕がその原動力になった。信者たちは島から切り出した石を、船で組み立てたという。現在の頭ヶ島集落には10世帯が暮らしている。

 頭ヶ島天主堂から50mほど離れたところに、それぞれの墓に十字架が掲げられた集団墓地がある。島の栄枯盛衰を見つめながら亡くなった人たちの思いをしのぶ。

青砂ヶ浦天主堂

▲野崎島の信者たちが必死の思いで建設した旧野首教会

 頭ヶ島天主堂から向かったのは青砂ヶ浦天主堂(新上五島町)。赤レンガの色と真っ青な夏空との対比が美しい。現在の天主堂は1910年に建てられたもの。信者が総出でレンガを運び、建設に協力したという。ステンドグラスから堂内へ差し込む光が美しい。

 小値賀教会(小値賀町)で、長野県から移住して45年というシスターの土川幸子さん(81)から、潜伏キリシタンの歴史、現在の活動などの話を聞き、翌日はチャーター船で小値賀港から野崎島の集落跡(旧野首教会)へ。

足跡が刻まれた野崎島の集落跡

 現在は「ほぼ無人島」だが、波乱に満ちた潜伏キリシタンの足跡が刻まれている。1800年前後、2家族7人が移住したのがきっかけで、この地の信仰が始まったとされ、徳川幕府の禁教政策の中、潜伏キリシタンとして活動。17世帯の信者たちが費用を工面して建立した。


▲野崎島の集落跡にある旧野首教会。名建築家・鉄川与助の設計施工で、珍しいリブ・ヴォールト天井となっている

 高台に浮かび上がるように立つ赤レンガの教会が青空に映えて美しい。下界は西海国立公園の紺ぺきの海が広がり、海水浴場としても人気が高い。「離島の海をながめながら自分を見つめなおすために訪れる1人旅の女性もいる」という。

 そんな優れた景観に包まれながら、野崎島の信者たちがどのように信心を続け、教会を建設していったのか、思いを巡らせて見るのも楽しい。

 なお、教会はNPO法人おぢかアイランドツーリズム協会の野崎島自然学塾村が管理。野崎島への渡島に際しては同協会への事前連絡が必要。電話0959(43)3170。


グルメを堪能する

 潜伏キリシタン関連遺産の周辺には、味どころ、見どころが多い。そんな人気スポットや物産を紹介する。

地魚のバイキングが大人気

▲白石港でとれたての地魚のバイキングが大人気の漁師食堂「母々の手」

 「グルメの新名所」となっているのが平戸市の「漁師食堂母々(かか)の手」。

 その日の朝、白石漁港の定置網でとれた地魚を漁師の母ちゃん達が調理しており、島で作っている野菜の手作りおかずも含めて食べ放題。「おいしい」とだれもが口をそろえる。ランチのみで大人2200円、小学生 1100円。問い合わせは電話0950(24)2648。

素材を生かした海・山の幸が好評

 小値賀(おぢか)島の料理を満喫したいといった人たちにお薦めなのが古民家レストラン「藤松」だ。


▲古民家レストラン「藤松」のコース料理

 新鮮な海の幸、島の赤土の大地で育ったとれたての野菜を、素材の味を生かして調理。島でしか味わえない多彩な料理に舌鼓を打つことができる。

 「藤松」は、島屈指の商人であった藤松家の屋敷をリノベーション。築160年を越える歴史を刻んだ柱や梁(はり)に年輪を感じる。「離島のレストランで最高の料理と最高の雰囲気を」という人たちに最適だ。メニューは島幸3500円コースなど。問い合わせは電話0959(56)2646。

レトルト食品「ピーナツカレー」

▲溝端裕子さんが企画したピーナッツカレー。「小値賀町の特産品に」と笑顔を浮かべる

 長崎県小値賀町の名産ピーナツを使ったレトルト食品のピーナツカレーを手にしているのは、商品を企画した「地域おこし協力隊」の溝端裕子さん(28)。大阪の岸和田市出身で「島の生活は楽しい。活性化に役立ちたい」と元気いっぱいだ。

 スパイスをほどよく混ぜているのが特徴で、鎌倉市のスパイス販売会社が協力して製品化した。100g入りで400円(税込)。問い合わせは電話0959(53)3344、小値賀町担い手公社。

棚田米を原料にした日本酒「フィランド」

▲春日集落の棚田。昨年は棚田米をローマ法王に献上した

▲400年の歴史がある平戸氏の森酒造場。社長の森幸雄さん(左)と専務で長男の雄太郎さん

 森酒造場(平戸市)は1895年創業の老舗酒屋。世界遺産の構成資産の一つ「春日集落」で収穫した棚田米を原料にした日本酒「Firando(フィランド)夢名酒」が好評だ。

 ほのかな米の香りに後味のすっきりした飲み口、白ワインのようなテイストもあり、洋酒タッチの斬新な味わいで注目されている。アルコール度数は10度。

 商品名は、交易が盛んだった頃、ヨーロッパ人が平戸を「フィランド」と発音していたことに由来している。棚田米が広がる春日集落は、潜伏キリシタンが生活していた面影を残している。500ミリリットル入り1200円(税込)。問い合わせは電話0950(23)3131。


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