週刊大阪日日新聞

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2018 新春号

えべっさんが来なきゃ、正月じゃない!

〜商売繁盛の願いを託して〜

 熱気あふれる境内。華やかな福娘に頬を緩めつつ、「今年こそは」と、さい銭を握る手に汗がにじむ―。毎年1月9〜11日の3日間、商売繁盛の神「えびす神」を奉る各地の神社で執り行われる「十日戎(えびす)」は、関西の風物詩。大阪人にとっては「えべっさん≠ェ終わるまでは正月」だとか。今年は、どこのえべっさん≠ノ会いに行こうか。


今宮戎神社 (大阪市浪速区恵美須西1丁目)


▲日没後も多くの参拝者でにぎわう境内

 えべっさん≠フ呼び名で大阪庶民に親しまれる今宮戎神社。古来、大阪の商業を守る神様として多くの人々が厚く崇敬している。十日戎の宵えびす(9日)、本えびす(10日)、残り福(11日)の3日間の参拝者は例年約100万人を数え、大阪きってのにぎわいを見せる。

 毎年事前募集で選ばれる「福娘」の活躍も有名だ。そろいの着物の上に千早を着用し、金の烏帽子姿で福ササや縁起物の授与に奉仕する。

 10日に行われる「宝恵かご行列」の起源は元禄期とされ、本えびすを象徴する行事。現在では芸者をはじめ、芸能やスポーツ界などの著名人がかごに分乗する。道頓堀から境内を目指して連なる光景は壮観で、華やかな伝統行事をさらに盛り上げている。


野田恵比須神社 (大阪市福島区玉川4丁目)


▲かれんな野田藤があしらわれたかんざしを付け、奉仕する福娘

 「宝の市大祭」の名で執り行われ、地元の人たちでにぎわう。福娘のかんざしには、福島区の花に指定されている豊かな房の「野田藤」があしらわれているのが特徴。福娘は鈴でおはらいし、大阪締め≠ナ福を授ける。

 境内には、夏祭りに氏地を巡行する色鮮やかな「鯛鉾(たいほこ)」が披露されており、えべっさんの雰囲気を盛り上げ、参拝者の目を楽しませている。夕方からはだんじり囃子(ばやし)が鳴り響き、昔ながらの戎祭が楽しめる。


堀川戎神社 (大阪市北区西天満5丁目)


▲多くの参拝者に親しまれている「福興戎像」。阪神淡路大震災で被災した表門石鳥居を彫刻した

 「ミナミの今宮、キタの堀川」と言われ、関西一円から参拝者でにぎわう。参拝者を出迎えるのは、1995年の阪神淡路大震災で破断した表門石造鳥居の柱に彫刻された「復興戎像(ふくこう・ふくおこしえびすぞう)」。98年の十日戎に奉納され、震災からの復興、除災招福の象徴として見守っている。

 祭礼の3日間は夜通しで開門され、授与所には上方の落語家や漫才師ら関西演芸協会の芸能人が出向き、おもしろおかしく福笹授与を行うことでも有名。伝統芸能の「しころ」の奉納演奏・演舞が連日行われる。


服部天神宮 (豊中市服部元町1丁目)


▲宝恵かごに乗り、沿道のファンに手を振る宝塚歌劇団の紅咲梨乃さん(2017年の様子)

 1950年に当時の阪急宝塚線花屋敷駅にあった繁昌稲荷旧社殿を境内に移築。同年12月に西宮神社から分霊し、翌年から「服部えびす祭」(2003年に豊中えびす祭に改称)が執り行われている。

 同宮は「足の神様」として有名。「お足の神」は「おあし=お金の神」ということで御利益もありそう!?

 毎年の人出は35万人と北摂屈指のにぎわいを見せる。宝恵かご行列には、毎年、宝塚歌劇団の若手男役と女役が参加。境内では、福餅授けが連日行われ、ラジオパーソナリティーの浜村淳さんやガンバ大阪のマスコット「ガンバボーイ」らが出演する。


大阪天満宮 (大阪市北区天神橋2丁目)


▲蛭子門の脇に鎮座する「御神酒笑姿」

 日本三大祭り「天神祭」で知られる大阪天満宮。境内・表大門の西に位置する蛭子(えびす)門の脇にあるのが「御神酒笑姿(おみきえびす)」だ。2014年に守口市長の西端勝樹氏が奉納。さかずきと酒だる、タイを抱え、満面の笑みで多くの参拝者を迎えている。

 同門はかつて門の付近にあった境内社「蛭子社」に由来する。お社は境内北西に移されているが現在も門の名が今に伝わる。

 2007年には、上方落語協会の桂三枝会長(当時)の提案がきっかけで戦後長らく途絶えていた十日戎が「天満天神えびす祭」として見事に復興。毎年、事前公募で選ばれた「招福娘」とえびす像の笑顔に招かれるかのように境内は昼夜にぎわいを見せている。


曾根崎恵美寿社 (大阪市北区曽根崎新地1丁目)


▲にっこり笑顔で曽根崎橋を渡る「曽根崎恵美寿」

 大阪は北新地。駅前第2、3ビルの間を南へ100m下った蜆楽(けんらく)通りに鎮座するのが「曾根崎恵美須社」だ。2016年5月に創建されたばかりで、17年に初の十日戎を迎えた。

 以前の蜆楽通りは暗い雰囲気の通りだったが、スギタハウジング社長の癈c(すぎた)勘一郎さんが発起人となり整備に着手。現在は無数のちょうちんが連なった明るい通りに一変した。永楽町と本通りの抜け道でもあることから、地元関係者をはじめ多くの人々に親しまれている。

 主役≠フえびす像はタイを抱え、かつて蜆(しじみ)川に架かっていた曽根崎橋を渡る姿をイメージ。「水あげえびす」「上がりえびす」とも呼ばれており、場所柄、朝な夕なに商売繁盛などを祈願する人が絶えない。


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