週刊大阪日日新聞

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2017/11/11

梅北地下道 100年の歴史に幕 

再開発で役割終える


▲通勤者や外国人観光客らが利用する梅北地下道。
再開発に伴って年内に一部閉鎖され、仮設の新しい地上道路に切り替わる=大阪市北区

 梅田スカイビルを目指す外国人観光客や通勤者らが多く利用する歩行者専用の「梅北地下道(全長約205m、幅約4m)」が、役割を終えようとしている。JR大阪駅北側に広がる梅田貨物駅跡地を中心とした「うめきた2期区域」の大規模再開発に伴い、12月中に地下道の約8割が仮設の新しい地上歩道に切り替わる。残る部分も2024年ごろに閉鎖となる予定で、人々の往来を支えてきた地下道は100年近い歴史に幕を閉じる。

住民の熱意

 梅北地下道は、グランフロント大阪と梅田スカイビルを中心とする新梅田シティを最短距離でつなぎ、1日当たり3〜4万人の通行量があるとされる。

 同エリアはもともと湿地で、江戸時代には墓地があったことが分かっている。かつて梅田と大淀地区をつなぐ「梅北道路」があったが、旧国鉄が1928年に貨物駅を整備する際に撤去された。しかし、子どもたちが通学で遠回りを強いられるなど住民生活に支障が出たため、地元の有力者が「梅北道路復活期成同盟会」を結成し、当時の鉄道省(現国土交通省)に陳情。住民の熱意に動かされる形で同年、梅北道路に代わる全長503m、幅約5mの地下道が造られた。住所が「北野佐藤町」だったことから「佐藤町地下道」とも呼ばれ、戦前は地下道の出入り口に見張り番が常駐。自動車の通行も可能だったという。

 梅北地下道が改めて注目されたのは、新梅田シティの開業を控えた91年。通行量の増加に備えて内装や照明がリニューアルされ、現在の形となった。

新たな発展へ

 同エリアの基盤整備を担う都市再生機構(UR)西日本支社によると、地下化・新駅建設工事が進められている東海道線支線と地下道が交差することが閉鎖の理由。「2期区域を東西に貫く道路を地上に整備するため地下道は今後、不要になる」と、同支社うめきた都市再生事務所工事課の橋田雅弘課長は説明する。

 計画では、グランフロント大阪の南北両館の間にある道路を西へ延長する形で「大阪駅北1号線」を建設。全幅約40mで、両脇に幅14mの歩道を設ける。同事務所事業計画課の杉崎直哉課長は「歩道沿いには都市公園も整備されるので、かなりゆったりした空間になるだろう」と話す。

 建設中の新駅「北梅田駅(仮称)」には関西空港とつながる特急「はるか」が停車。歴史を刻んだ梅北地下道は姿を消すが、世界との距離が近くなるうめきた≠ヘ新たな発展のステージを迎える。

【うめきた2期区域】

 JR大阪駅北側にある梅田貨物駅跡地を中心とした約17へクタールのエリア。大阪市が中心となって取り組む再開発では、都市公園と健康・医療分野の拠点施設などが整備される計画だ。同エリアを通る東海道線支線は地下に付け替え、2023年開業を目指して新駅建設が進む。24年にまち開き≠ェあり、全体の完成は27年を予定。同エリア東側の「先行開発区域」(約7へクタール)にはグランフロント大阪が整備されている。

記者の視点「先人の心意気に応えるまちづくりを」

 梅北地下道のグランフロント大阪側出入り口の壁に掲げられている「梅北道路復活期成同盟会」の銘板。その冒頭は「古来至誠にして動かざるはなし」と一文で始まり、国の鉄道事業で一度は分断された地域を「再びつなごう」と陳情を重ねた先人たちの熱意が伝わってくる。近年の「うめきた」の発展と共に地下道の重要性は高まっていたが、再開発ではそれが「大阪駅北1号線」に切り替わる。取材で予定地に立ち入ったが、地下道を歩く時とは違い、グランフロント大阪と梅田スカイビルとの距離を近く感じた。2025年の大阪万博誘致もにらみながら急ピッチで進む再開発。親しまれた地下道は姿を消すが、先人の心意気に応えるまちづくりを期待したい。


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