週刊大阪日日新聞

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2017/10/28

連載 なにわの誇り 

大都市キタ≠ヘこうして生まれた!

阪急・小林一三が残した私鉄多角経営の偉業


1934年当時のキタの空撮写真。写真右側に位置する突出した建物が阪急百貨店。左側が大阪駅舎
(阪急文化財団提供)

▲梅田周辺の現況。うめきた2期工事が進んでおり、巨大都市の槌音は今も鳴り止まぬ

 難波、道頓堀、千日前の繁華街があり、近世以来の伝統が残る大阪の「ミナミ」に対して「キタ」の歴史は浅い。繁華街として曽根崎が古くからあるとはいえ、キタが本格的に栄え始めた時期は、JR大阪駅の前身である官営鉄道時代の初代駅舎が開設された1874年以降だ。新開地だったキタの発展をたどるとき、阪急電鉄を創業した小林一三(1873〜1957年)による沿線開発やターミナルデパートの多角経営は欠かせない。今年は小林一三没後60年。キタの誕生に焦点を当てた。

ニーズを創造

 「乗客は電車が創造する」―。小林一三の言葉だ。

 1907年に三井銀行を退職して創立した箕面有馬電気軌道(阪急電鉄の前身)の路線はキタの梅田駅を起点としたが、人口の少ない地域を走るため、乗客の獲得が課題だった。そこで、住宅地の開発を通して沿線の住民を増やし、通勤通学の固定客を確保する一方、終着駅の箕面や宝塚に遊覧施設を造って旅客を誘致する方策を取った。「乗客は―」はまさに小林一三の気概だった。


▲阪急神戸線を走る阪急電車

 宝塚歌劇結成101年イベントを2015年に開くなど小林一三の足跡を紹介する阪急関係者の見方は明快だ。

 「阪急沿線の人たちにとって、沿線の街がどう形作られたかについて関心は高く、小林一三の名前は琴線に触れると思う」。電車を通して「創造」した乗客の心情を言い当てたものだが、小林一三の創造力が「キタ」の発展につながった最大の成果は阪急百貨店の経営であり、特筆すべきは阪急食堂だろう。

ライスだけの客、歓迎

 小林一三が1920年に梅田駅で完成させた5階建ての阪急ビル2階に洋食専門の阪急食堂を開設した。29年の改築によって地上8階、地下2階のビルになると、阪急食堂は眺めの良い7〜8階に拡張され、その看板メニューがライスカレーだった。


▲宝塚歌劇の歩みを伝えるポスターの数々(2015年9月)

 ただ、当時は昭和恐慌の真っただ中でもあった。来店客の間にはライスだけを注文し、テーブルのウスターソースをかけて食べる「ソースライス」が流行することになるが、阪急食堂はこうした客を迷惑がらず、むしろ歓迎した。「今は貧しいが、やがて結婚して子どもができる。その時、ここでの食事を思い出し、家族で来てくれるだろう」と小林一三が語った逸話は有名だ。先行投資を思わせるエピソードだが、阪急食堂にはもう一つ、先進的な取り組みがあった。

 30年に採用した食券前売り制度だ。当時の食堂や喫茶店では飲食後に支払うのが一般的であり、阪急食堂も当初はこれに準じていたが、27年3月7日の丹後大地震が転機となる。

 夕食の時間帯を襲った地震によって60円35銭の回収不能代金が発生。一皿30銭として実に約200人分の代金不払いになった、と「阪急百貨店25年史」に記されている。いわゆる「非常時の食い逃げ」がきっかけとなり、その対策として食券前売り制度を始めたエピソードはあまり知られていない。


▲小林一三の写真を紹介する仙海さん(左)
新大阪市を設計

 「前払いの食券は電車の切符を応用したのかもしれない」。阪急食堂の食券前売り制度について、こう解説するのは小林一三記念館の仙海義之さん=阪急文化財団学芸課長=だ。

 小林一三記念館に展示してある34年当時の梅田駅周辺の空撮写真は、写真右側に位置する阪急百貨店の突出した存在が際立つ。「駅で買い物ができれば乗客には便利。食料品を買って帰ることができる。阪急百貨店ができたことでキタが初めて商業区域になった」と仙海さん。56年開場の梅田コマ劇場を引き合いに「交通、商業、文化と人々が求めるモノをキタに集めていった」と小林一三の偉業を紹介している。

 ミナミに対して後発だったキタは現在、JR大阪駅を中心に複合商業施設が林立し、みどりとイノベーションを融合する「うめきた2期」開発も進む。こうしたキタの姿を、小林一三は展望していたのかもしれない。

 「大阪駅前は一列高層建築、梅田新道迄は緑樹地帯」。小林一三が終戦直後に執筆した「新大阪市」設計要旨の一節である。

小林一三の「キタ」に関する年譜
1873 山梨県韮崎市に生まれる
1907 三井銀行を退職 箕面有馬電気軌道を創立
1910 宝塚線・箕面線の営業開始 住宅販売開始
1914 宝塚少女歌劇第1回公演
1920 梅田阪急ビルが完成 阪急食堂を開店
1929 阪急百貨店を開業
1956 梅田コマ劇場を開場
1957 永 眠

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