週刊大阪日日新聞

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2020/7/11

森友事件 職員自殺

赤木雅子さんの人生変えた弁護士の一言 

森友改ざん訴訟 7・15初公判を前に−


▲大阪地裁前で立ち話をする赤木雅子さん(手前)と阪口徳雄弁護士=6月25日、大阪市北区

 森友学園をめぐる財務省の公文書改ざん事件に関連し、自ら命を絶った財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さん。夫が書き残した改ざんに関する「手記」を今年3月、本紙と週刊文春誌上で公表し、夫の無念を晴らすため、妻の雅子さんは国と佐川元財務省理財局長を提訴。その初公判が7月15日に始まる。そこには雅子さんを陰で支える一人の弁護士の存在があった。

「一人でつらかったやろなあ」

 「おはようございます。今日は阪口先生の裁判の取材に行かれるんですよね。それって私も行ってみることできますか?」

 こんなLINEが赤木雅子さんから届いた。森友学園への国有地売却を巡る公文書の改ざんを強いられ、命を絶った財務省近畿財務局の赤木俊夫さん(享年54)の妻。夫が書き残した改ざんについての「手記」を今年3月、本紙と週刊文春誌上で公表し、改ざんを指示したとされる佐川宣寿元財務省理財局長と国を相手に裁判を起こした。

 一方、阪口先生とは阪口徳雄弁護士のこと。大阪の名物弁護士の一人で、森友問題の発覚当初から真相を追及し、国を相手にした裁判の代理人を務めている。6月25日は森友問題に関連する公文書の情報公開を巡る裁判の一審判決があった。「阪口先生の裁判」とはこのことを指す。

 だが、阪口弁護士は赤木雅子さんの代理人を務めているわけではない。それなのになぜ赤木さんは、阪口弁護士の裁判に関心を示したのか? そこには知られざるエピソードがあった。

◇ ◇ ◇

 話は今年1月にさかのぼる。当時、赤木雅子さんは別の弁護士に裁判の準備を依頼していた。その弁護士は以前、近畿財務局に勤めていたことがあり、俊夫さんが亡くなった直後に近畿財務局の職員の紹介で、赤木さんの代理人を務めるようになった。

 当初、取材に押し寄せるマスコミ対策では助けになったが、いざ国を相手の裁判となると、赤木さんの意向を受け入れてくれないことが多々あり、赤木さんは次第に弁護士への不信を募らせるようになっていた。

 「先生の事務所から帰る時は、私いつも泣いて帰るんですよ」と聞いたこともあり、私は「それはおかしいですよ。弁護士は依頼人のために動くものです」と話したこともある。

 赤木さんは裁判の方針が、その弁護士の言うとおりでいいのか不安に思っていたので、私は「別の弁護士に意見を聞いてみてはいかがですか? 医療と同じで、セカンドオピニオンを聞いてみるんです」と勧めていた。

 弁護士というものに恐怖感を抱くようになっていた赤木さんは、なかなか踏み切れずにいた。しかし、ついにたまりかねたのか、ある日「相沢さんが紹介すると話していた弁護士さんはどなたですか?」と尋ねてきた。そこで私が紹介したのが阪口弁護士であった。

 阪口弁護士は1971年、司法修習生の終了式で、クラス代表として最高裁の方針に異を唱えようとして修習生を罷免、つまりクビになったことがある。このため弁護士になるのが2年遅れたという強者である。その後も市民の立場から、行政や大企業の問題を追及してきた。赤木さんに紹介するなら阪口弁護士しかいないと私は前から考えていた。

 1月16日、私は大阪・北浜にある阪口弁護士の事務所に赤木雅子さんを案内した。俊夫さんの「手記」をしばらくじっと読み込んでいた阪口弁護士は、読み終えると顔を上げ、赤木さんにゆっくりと語り掛けた。

 「あんた、一人でつらかったやろなあ」

 この一言が決め手になった。赤木さんは事務所を出るなり私に伝えた。「相沢さん、私、弁護士さんを変えることにします。阪口先生にお願いします」。私は突然のことに驚いた。


控訴は裁判の援護射撃


▲赤木雅子さんの裁判は7月15日に大阪地裁で始まる=大阪市北区

 「阪口先生は夫の手記を読んで真っ先に『あんた、一人でつらかったやろなあ』と言ってくれました。私はその一言を言ってほしかった。本当に一人でつらかったと理解してほしかったんです」

 それまでの弁護士から、一度もそんな言葉を掛けられたことがなかったという。阪口徳雄弁護士の一言が、赤木雅子さんの心を動かし、人生を変えた。阪口弁護士が常に依頼者の心に寄り添う気持ちを忘れないからこそ出た一言だろう。弁護士かくあるべし、という見本を見る思いだった。

 それでは、なぜ阪口弁護士が赤木さんの代理人を務めていないのか?

 それは、俊夫さんの死が職場に原因のある「労災」のような側面があるから、それなら自分より詳しい弁護士がいると言って、長年交友のある松丸正弁護士を紹介したからだ。

 松丸弁護士は過労死弁護団の重鎮である。赤木さんの裁判は、松丸弁護士と、同じく過労死問題に詳しい生越照幸弁護士が担うことになった。

◇ ◇ ◇

 弁護団の当初の構想では、阪口弁護士は表に立たないものの、弁護団会議には補助的に出席する形を取ることになっていた。ところがその後の新型コロナ禍を受けて、阪口弁護士はリモート参加をすることになった。弁護団会議のあと、赤木さんは「私、画面の向こうの阪口先生の声を聞くだけで胸が詰まってしまいます」と話していた。

 そんな時、阪口弁護士が中核を担う森友問題の裁判が判決を迎えると聞いて、ぜひ傍聴に行きたい、できれば直接あいさつをしたいと考えたのだ。

 6月25日午後2時半、赤木雅子さんは大阪地裁東門で待っていた。そこに阪口弁護士が姿を現した。「阪口先生」と声を掛けて近づく赤木さん。「お〜、久しぶりやな」と応じる阪口弁護士。「あの時は本当にお世話になりました。ありがとうございました」「いやいや、あんたもいよいよ裁判が始まるな」「はい、これからもよろしくお願いします」。時間がないので、ほんの短い間の立ち話だったが、赤木さんは満足していた。

 裁判は、神戸の大学教授が3年前、森友問題発覚後に関連する公文書の開示を求めたのに、217件の文書が違法に開示されなかったとして損害賠償を求めていた。法廷の傍聴席には赤木雅子さんの姿もあった。

 「主文、被告(国)は原告に対し、33万円を支払え」。情報開示を巡る裁判でこれだけの損害賠償が認められるのは珍しい。弁護団は勝訴だと受けとめた。普通なら控訴はしない。ところが阪口弁護士は事前に断言していた。

 「勝っても負けても控訴する」。その理由は?

 「国は裁判をやめたくて仕方がない。真相を追及されるからな。だからわしらは控訴して裁判を続けたる。そして新たな証拠として赤木俊夫さんの手記を提出する。これが公表された時は、この裁判はもう結審していた。だから控訴審で赤木さんの手記を証拠にして国を追及する。つまり赤木さんの裁判への援護射撃や」

 赤木雅子さんは、大阪地裁2階の大法廷を訪れた。赤木さんの裁判は注目度が高いから、一番広く傍聴人が多数入れる大法廷が使われる可能性が高い。中には入れなかったが場所を確認した。

 その後の阪口弁護士の裁判で判決を見届けた赤木さん。「見ておいてよかったです。裁判の雰囲気が分かりました。阪口先生が勝ったのもよかった」

 「阪口さんの一言がなければ赤木さんの裁判はどうなっていたか分かりませんね」

 「そうですね。私、決断するのは早いんです」

 赤木雅子さんの裁判は7月15日に始まる。赤木俊夫さんの無念を晴らす雅子さんの闘いが、いよいよ火ぶたを切る。

大阪日日新聞編集局長・記者 相沢 冬樹

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