週刊大阪日日新聞

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2020/1/25

町を訪ねて 「西淀川区


▲島を囲む防潮堤と側に建つマンションとに大きな段差がある

 甚大な被害で、町が壊滅状態になった生々しい記憶≠ェ鮮烈に残っている「阪神淡路大震災」だが、今月17日で25年、つまり4半世紀もたってしまった。この震災で西淀川区の佃は震度6を記録し、神崎川の堤防が液状化で崩れ、まちの鎮守さま%c蓑神社も大きな被害を受けた。「佃煮」のふるさと≠ニして知られる佃は海抜0m地帯であり、同震災以前にも、ジェーン台風(1950年)など、幾度となく風水害に見舞われてきたが、その度に立ち上がってきた。そんな防災の町≠訪ねてみた。

 左門殿川と神崎川に挟まれた島、西淀川区佃。古代から人が住んでいたと考えられており、平安時代の歌人に詠まれた和歌もある。江戸時代に農地も開発され、漁村から半農半漁の村となり、明治時代は農業が盛んだった。昭和初期以降の工場進出で、阪神工業地帯の中核を担った同地は、海抜0m地帯が広がり、「ジェーン」や「第二室戸」台風など、幾度となく風水害に遭ってきた。


▲町のいたるところにこんな表示が…

 一昨年、島をぐるりと囲む防潮堤の耐震補強工事が完了。府が2013年に公表した南海トラフ地震の被害想定において、地盤の液状化で沈下し、地震発生から10分以内に浸水すると指摘された堤防だ。しかし、「できたから大丈夫、ではあかんのですよ」。佃地域活動協議会の平田房夫会長(76)は語気を強める。

 「地震でレールが曲がり、(水防の)鉄扉が閉まらないこともある。災害は何が起こるかわからない」。『一人も見逃さない』を合言葉にする地域防災は、全国でも注目され、各地から視察が訪れる。

 地形の特性と歴史から、住民の防災意識は高かったが、転機になったのは95年の阪神淡路大震災。震度6を記録し、家屋の全半壊や液状化が発生。なかでも一、二丁目は水道、ガスといったライフラインが止まってしまうなど被害が大きく、復旧に二週間を要した。

 地域連携の大切さを痛感した。浸水時に高層施設へ「垂直避難」するための津波避難ビルを、大阪市に先駆けて連合町会が主体となって確保。避難者の受け入れ訓練を実施するほか、佃2丁目の「佃公園スカイハイツ」は、マンション裏側の住民が避難時にスムーズに入れるよう、非常口を自主的に設置するなど、地域の協力体制を築いた。


▲昨年11月17日に実施された防災訓練で

 また、独自の見守り活動として、65歳以上の高齢者に毎月1度「お節介通信」を手渡しで配布。それぞれ担当を決め、対象者の状態を把握している。

 とはいえ、防災訓練の参加者は年々減少。撤退した工場跡地にはマンションが建ち、新住民も増えた。要の水防団は高齢化が進む。

 平田会長は将来の担い手として、今後は中学校を巻き込んだ訓練を展望しており、今年11月の防災訓練には、授業として中学生が参加してくれるように、と望み、話を進めている。

 「堤防はできたが、訓練はやっていかんとあかん。自分の町は自分で守るという感覚になってほしい」。壁をより強固にするのは、住民の結束だ。


町全体で防災に取り組む

佃連合振興町会会長
平田 房夫 さん

 古い島だ。20町会あって、1万7000人弱が住んでいる。高齢者も多い。阪神淡路大震災では、7丁目まである地域の中で被害に差があり、意識にも温度差があった。地域全域の情報を集める必要を痛感し、震災からほどなく本部をつくり、「佃高齢者サポート協議会」を立ち上げ、全域だけでなく、町会単位での防災部も結成し、防災訓練も続けている。また健康づくりと防災対策を兼ねた「ウォーキング」やコミュニケーションを深める「運動会」なども実施しており、「佃はひとつ」という町づくりを進めている。


佃防災船着場

 地震などの災害時に、通行できなくなった道路に代えて、被災地に船で運び込んだ救援物資などの必要品を荷揚げし、救命・救急活動を行うための施設で、阪神大震災後に設けられた。

 「佃」の船着場は2丁目の神崎川沿いの「佃ふれあい公園」の水辺にあり、普段にはイベントなどに利用することも可能である。なお神崎川には、三国など他に3カ所の防災船着場がある。


人気の手土産 どら焼き「佃島」

創業200年の老舗和菓子屋 栄久堂吉宗


▲200年の伝統を継ぐ坂元さん

 創業が天保元年という老舗で、200年の伝統を守り続けているという和菓子屋が佃3丁目の阪神電鉄千船駅のすぐ近くにある。「栄久堂吉宗」で、代表代行を務める坂元俊介さんの曽祖父、吉川宗一氏が後継ぎのいなくなった創業店を引き継いで、1930年に現在地に開業した。

 坂元さんは祖父の吉川昇さんに幼い時からずっと「和菓子に限らず、おいしいものを食べろと言われて、舌の訓練をされてきた。職人の仕事ぶりを見てきたし、もともと器用だった」と、昇さんの次女である母親は評し「申し訳ないが、わたしたちの代で店が途絶えると、姉と話し合って覚悟を決めていたが、サラリーマンだった息子が継ぐと言ってくれた」と目を細める。

 同店は吟味した材料を使い、少なくなっている昔ながらの手作り≠ナ仕上げる製法を守っており、技術展示会での最優秀賞など、受賞経験がある職人も複数いる。

 名物とされているのは、北海道大納言の小豆にぎゅう肥をあしらった最中「もちぎく」だが、地元のみやげ物として人気が高いのは、その名もずばりの「佃島」。島の形をした「どら焼き」で、東京の佃島との交流には、いつも手土産とされるようだ。


佃煮≠フルーツ佃島

田蓑神社


▲19代目の平岡努宮司。後方には葦の茅の輪≠ェ見える

 航海安全の神である住吉大神を祭っており、かつて「住吉神社」と名乗っていた時期もある、「難波八十島」のひとつ「田蓑島」とされる佃島の鎮守さま=B境内には大阪市顕彰史跡であり、府内では唯一である「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財百選」に選ばれている「佃漁民ゆかりの地」の石碑が建てられている。

 漁業がとりわけ盛んだった中世には「佃千軒」とよばれるほどの繁栄ぶりだった。徳川家康が多田神社(現在の川西市)に参拝の時、佃の漁民が神崎川を渡るための漁船を出し、協力した功により、全国どこで漁をしても良く、税も免除の特権を与えられたという。「それだけでこの特権は無理」という見方があり、海上隠密説≠熏ェ強い。

 佃の村人33人と田蓑神社の神主の弟(住吉神社を分霊、創建)が江戸に呼び寄せられ、移住。干潟の造成地を幕府から賜り、故郷にちなんだ佃島と名付けた。そして佃島の漁民がたくさん獲れた雑魚を使って作り、売り出すようになったことで、江戸名物として広まったのが「佃煮」である。つまり佃煮のルーツは大阪の佃島にあったのだ。

 こんな関係から現在でも、地元小学校同士は姉妹校として盛んに交流しており、東京・佃島の古い住民の中には、来阪した折には必ず「ご先祖さまの地を訪ね、お参りを」と田蓑神社を訪れる人も少なくないそうだ。

 同神社には、秀吉ひいきの大阪では珍しい家康を祭る「東照宮」も境内社としてある。また昔は葦が群生していたことから、謡曲「芦刈」の舞台として、碑が建立されている。

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