週刊大阪日日新聞

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2019/11/23

よみがえるSLの心臓 

創業100年、技術とノウハウ


▲修復作業が進むJR東日本の蒸気機関車「D51 498号」のボイラー

 真っ黒な車体から黒煙を吐き、轟々(ごうごう)と音を上げて野山を駆ける─。かつて日本の経済成長を支え、今も観光誘客の目玉として全国各地で活躍する蒸気機関車(SL)。SLの「心臓」といえるボイラーの修理や点検を担っているのが、創業100年の町工場「サッパボイラ」(大阪市北区中津3丁目、颯波(さっぱ)郁子社長)だ。他社にはない技術力と蓄積されたノウハウを注ぎ込み、全国のSLを見事に復活させている。

 同社は再開発の進む「うめきた」エリアからほど近い住宅街の一角にある。工場内を見渡すと、熱処理炉や工業用のエックス線装置といった巨大な設備と一緒に、外装を取り外されてむき出しになったSLのボイラーが鎮座している。

臨機応変

 工場に運び込まれるボイラーは、かなりの年代物ばかり。燃焼時には千度以上の高温にさらされ、金属疲労は激しい。何年も屋外に放置されていたSLの復元依頼もある。破損や腐食だけでなく、膨張や収縮を繰り返した影響で寸法が数ミリ変形していることもあるという。

 「予定通りに修理が進むことはほとんどない」。颯波隆友工場長(46)の言葉には苦悩がにじむ。技術者らが知恵を出し合いながら修理方法を決めることが多く、「意思疎通の早い中小企業だからこそ、臨機応変に対応できる」と胸を張る。

 ボイラー修理には、信頼できる協力業者の存在も欠かせない。「ジェミックス」(神戸市東灘区、平松慶大社長)は、溶接した金属を加熱して加工する「焼鈍作業」を担当。電熱線を加工部分に巻きつけて加熱するが、凹凸が多いSLの胴体には電熱線が密着しないため温度が上がりづらく、SLの形に応じた的確な判断が求められる。同社の重信敏男工事課長(41)は「難しい仕事だが、子どもに自慢できる」と白い歯をこぼす。

引き継ぐ

 業務用ボイラーの開発を手掛けていたサッパボイラが、ボイラーの修理を始めたのは1987年。88年の「さいたま博覧会」の目玉として、復活が決まった秩父鉄道の「C58 363号」が最初の1両だ。車両が製造されたのは40年以上前。72年に廃車となった後は、埼玉県内の小学校の校庭で野ざらしになっていた。

 当時、JRやほかの企業にボイラーの修理は難しく、JRの整備場に熱源用のボイラーを納入していた同社に白羽の矢が立った。秩父鉄道の岩田雅之課長は「サッパボイラが受けてくれなければ、SLの復元は不可能だった」と話す。

 失われかけた技術をよみがえらせた同社が、これまで修理を手掛けたボイラーは延べ40台以上。全国のSLファンや子どもたちの夢が、同社の双肩にかかっていると言っても過言ではない。SLの灯を絶やさないためにも、技術の継承は必要不可欠。颯波工場長は「責任重大。SLを次の世代に引き継ぐためにも、若い技術者の育成に力を入れたい」と誓う。


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