週刊大阪日日新聞

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2019/8/31

町を訪ねて 都島区 片町

「イオン京橋店」の再開発に地元期待


▲9月末で閉店することになった「イオン京橋店」。前の道路はかつての鯰江川の跡

 ターミナル京橋の西の端っこ≠ニ表現される「片町」(都島区)。個性的な店が揃い、若者が注目する新しいエリアとして脚光を浴びている。もともと京街道が通る、二つの川に挟まれた狭い土地だったため、北側片方にしか家屋がなかったのが、町の名の起こりだ。その片町で今、「イオン京橋店」が9月末で閉店し、数年かけて建て替える計画が浮上し、地域の大きな話題になっている。

47年の歴史に幕

 「この度、1971年11月、『ダイエー京橋店』(2016年3月に『イオン京橋店』に変更)として開店以来、47年の長きにわたり、ご愛顧いただいております、イオン京橋店は2019年9月30日月曜日をもちまして一時閉店させていただくことになりました」

 「お客さまへ」と題した、こんな案内文が長崎正司店長の名前で、イオン京橋店(片町2丁目)の店頭に掲示されたのは7月18日のことだった。すでに地元では周知で、入居しているテナントの一部では、閉店も始まっていた。しかし閉店後のスケジュールや再開発の規模などは「まったく何も決まっていない。言えることがない」(長崎店長)との段階だという。

大阪市は観光客を呼び込める拠点に

 京橋駅周辺は2017年8月に、都市再生特別措置法に基づく「都市再生緊急整備地域」の指定を受けており、再開発の機運が高まっていた。同地域は都市の国際競争力°ュ化の観点から指定している。大阪市は大阪城に至近の地域だけに、外国人観光客らを呼び込める拠点にしたいとの意向を表明しており、JR西日本と京阪ホールディングスは再開発の計画を発表し、一部はすでにスタートさせている。

 都市再生緊急整備地域で、事業面積が1へクタール以上の認定された民間都市再生事業には、国の金融支援や税制の特例などの措置が受けられる。これまで大阪でもこの制度で「グランフロント」や「梅田阪急ビル」「あべのハルカス」「なんばスカイオ」など多くの事業が実施されており、7月末には「ヨドバシ梅田タワー」の全容が発表されたばかりだ。

 と過去の例を見るまでもなく、それ相当な規模の再開発事業となるのは間違いないだろう。またターミナルとしての各駅との、さらにはOBPとの一体化が地元では期待されている。

 同店は「京橋ショッパーズプラザ(ダイエー京橋店)としてオープン。JR京橋駅の西口と直結しており、京阪京橋駅とも目と鼻の先という位置にあることから、沿線や近隣住民の間で「京橋のダイエー」として親しまれた存在だった。OBPの開発で1986年に増床、リニューアルし、16年からは「イオン京橋店」に看板替えした。

京橋地区商店会連絡協議会(ウエストストリート京橋商店会)
玉置 紘一 会長

 高層になるのは間違いないだろうが、その高層部分をどうするのか? ホテルなのか住宅にするのか。町の人口が増え、われわれの商店街も含め、商業的にプラスになることを考えれば、おそらく分譲マンションになるのでは、とわたしは予想している。

 京橋にはこれまで絵になる、写真を撮ろうかというような建物がなかった。外観を含めて、これまでの京橋のイメージを変えるような、新しい町づくりの核になるようなもの、ランドマーク的な建物にして欲しい。もちろん出入り口を多方面に設けるなど、結果として地元に貢献できるようにしてくれることを望んでいる。


主婦の期待

 ベビーカーを利用しているママたちにとって、イオン京橋は遠回りしなければいけなく、また階段が多い。ショッピングしにくい場所のイメージがあるので、バリアフリーで、ベビーカーも使いやすい駅からの動線ができるとうれしい。
■磯本美和さん(20代・城東区)

 イオン(旧ダイエー)は、肌着や靴下など日用品の種類が豊富で、探す時に便利だった。なくなると不便なので、またショッピングモールとして帰ってきてほしい。それと、新しくなる京橋にアミューズメント系の親子で遊べる場所を作ってほしい。
■熊谷奈美子さん(40代・都島区)

 イオンが再建築になるなら、野菜や果物など無農薬のものが多くあったり、容器を持っていくとそれに入れてもらえるなど、環境と体に優しい店ができると買い物に行きたくなる。添加物を使っていない調味料もうれしい。昔のように肉は肉屋、魚は魚屋で購入したい。都会の市場のような店を期待する。
■芥田のり子さん(50代・都島区)

 今度イオンが新しくなるとしたら、大日イオンのような映画館を常設してほしい。梅田にもあるが、小さくても良いので、もっと気楽に名画が町の中で見られるようになるといいなと思う。交通の便が良く、おいしい店はいっぱいあるが、プラス文化的なものを発信したら、観光地になれると思う。
■平井ヒロコさん(40代・城東区)


育て若者文化

「コブクロ」に続け


▲路上ライブには若者が集まった

 人気デュオ「コブクロ」がメジャーデビュー前に路上ライブを行うなど、ストリートミュージシャンが集まる京橋。しかし通行などをめぐってのトラブルも多かった。そんな問題を解決し、若者文化を育てようと、地元ライブハウス「ism」(現在はArc)の経営者が周辺商店主らの理解を得て、「イオン京橋」の2階センタープラザを会場に、定期的に音楽イベント「京橋エイトストリート」を2012年11月にスタートさせた。

 その後、「京橋流し」や「京橋音楽祭」が開かれ、音楽プロデュースの会社もセンタープラザを利用するようになるなど、音楽の発信の場として定着。「音楽は人を呼び、京橋の経済を動かす」との思いの通り、町は盛り上がり、多くの若者でにぎわう片町となった。


京橋と片町駅


▲かつての片町駅(網島町、北田さん提供)

▲下の橋が京橋。天守閣がちょっぴりのぞいてる

 大阪城の北の出入り口に当たる寝屋川(旧大和川)に架かる「京橋」。今、京橋といえば、JRや京阪などの京橋駅周辺を中心とした地域を指すが、本来はここが名の起こり。京橋駅とはかなり西に離れている。豊臣秀吉が整備した、京へ向かう京街道の起点であり、北に渡ると片町で、西側には川魚市場があった。街道は東に延びている。かつては北側に鯰江川が流れていた。イオン京橋店の北側あたりの道路を眺めると、往時の川筋がうかがえる。

 今は埋め立てられた鯰江川に架かっていた野田橋(片町交差点)のところに、JR東西線の開業で廃止されるまで、片町駅があった。学研都市線は片町線といって、ここが始発駅だった。さらに同橋北側には京阪電鉄の片町駅も存在した。

片町生まれの片町育ち
「パティスリーセボン」久語健太郎さん(40)

 「おいしい食べ物だけでなく、自然もある、なんでもある町」と、久語さんは片町を紹介する。片町生まれで片町育ち。高校卒業し、製菓の専門学校で2年間学んだ。その後は全国各地の洋菓子店での13年間の修行時代を経て、地元に帰り、自分の洋菓子店「パティスリーセボン」を2012年にオープンさせた。

 小学生の頃、近くにあった「ひょうたん池」には、今では絶滅危惧種になってしまった「ニッポンバラタナゴ」が「たくさんいて、網ですくえた」。中学生になると大阪城や源八橋にも遠征するなど、少年時代の遊びは「釣り」か、当時、近所に3軒あった駄菓子屋やその横にあった子ども相手のゲームセンターといったところが遊び場だった。

 片町に対する思い入れは強い。店を始めて片町エリアに30代の若いオーナーの店が増えていることに気付いた。賑わう京橋駅周辺に比べて、少し離れた片町1丁目付近までは人の流れが伸びない。「町を盛り上げるような何かできないか」との思いが共通だったことから、ほとんど自然に「片町向上委員会」という名のグループが5年前に立ち上がったこともあった。同会は代表者も置かず、自由にやれる地域の仲間同士の集まりだったが、中心メンバーが廃業するなどあって、現在は活動休止状態になっている。

 しかし今も「片町と京橋を動線でつなげたい。そして将来はその線を天満橋まで伸ばすのが望み」との思いが久語さんの頭の中で大きく占めており「数年先にはもっと人が動く町になっている」と確信する。


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