週刊大阪日日新聞

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2019/8/10

恒久平和、実現願う 

模擬原爆の犠牲者追悼


▲碑前に千羽鶴を供える生徒ら=7月26日、大阪市東住吉区の恩楽寺

 太平洋戦争末期、米軍が広島、長崎両市に先駆けて投下実験した「模擬原爆」による犠牲者を悼む住民主催の慰霊式典が7月26日、大阪市東住吉区の恩楽寺であった。約250人が参列し、恒久の平和と核兵器のない世界の実現を願った。

 模擬原爆は、「長崎型」原爆に似た形状に通常の爆薬を詰めた重さ約4・5tの大型爆弾。当時の米軍資料などから、終戦までに全国で約50発が投下されたことが分かっており、大阪では74年前のこの日、同寺の北側に着弾して80人が死傷した。

 せみしぐれの中、参列者らが投下時刻に当たる午前9時26分に黙とう。当時、広野国民学校(現・摂陽中)の教員だった龍野繁子さん(94)がマイクを握った。

 龍野さんは当日、勤労動員の生徒を近くの海軍ボタン製造工場へ引率していたという。爆風にあおられた岩が「空を飛び、屋根を貫いた。『バリバリッ』という音はいまだによみがえってくる」と当時の恐ろしさを口にした。

 また、この爆撃で親しかった姉の友人を亡くしたこと、電線に人の肉片がぶら下がる惨状もたどった。若者に向け、「今はいろいろな意見が言える時代。しっかりと自分の考えをまとめられる大人になって」と語り掛けた。

 地元小中学生らが碑に千羽鶴をたむけ、不戦の誓いを表明。東住吉中3年の小泉有輝君(15)は「自分たちが次の世代に平和を受け継いでいかなければ」と口元を引き締めていた。

 2001年に建立された慰霊碑は今年、マンション建設のため約150m南の同寺へ移設。木造の本堂は爆風のため爆心地とは反対方向へ傾いており、大量破壊兵器の猛威を後世に伝えている。


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