週刊大阪日日新聞

大阪市(北・都島・城東・旭・鶴見区)・守口市・門真市
(社)日本ABC協会加盟紙 251,012部

2019/4/13

大阪発・論点「野分」

安倍氏と目線「我、勝てり」

 3月18日、参議院予算委員会。傍聴席に現れた夫妻の姿を見て周囲はざわめいた。国有地売却問題と補助金事件で世間の耳目を集めた、森友学園の籠池泰典前理事長(66)と妻の諄子さん(62)である。

 委員会の傍聴席は閣僚席と高さがほぼ同じ。距離も10mと離れていない。その時…。

籠池氏 安倍晋三首相が閣僚席でポットのようなものを手にして、中身を飲もうと口をつけ傾けた時、顔が上がって傍聴席の私と目が合った。安倍さんの動きがピタッと止まって、じっと目線が合ったまんま、火花が散ったね。すると安倍さんはポットをおろして私から目をそらした。「我、勝てり」と思いましたね。

籠池夫妻が語る森友学園の小学校をめぐる舞台裏

 安倍首相と大阪府の松井一郎前知事に手のひら返しをされたと語る籠池前理事長。森友学園が設立を目指した小学校の舞台裏で何があったのか? 夫妻に話を聞いた。

相沢 籠池さんはかつては安倍首相のことを信奉していましたよね。

籠池氏 同じ考えだと思っていましたが、違いましたね。

相沢 籠池さんが寄付を受けたといっている100万円を、安倍首相が否定していることについては?

籠池氏 あの100万円は昭恵夫人が小学校の名誉校長に就任してくださった日に、わざわざ「安倍晋三からです」と言って渡してくれた寄付金ですよ。ところが夫人が学園を出て5分ほどしてから、夫人から電話がかかってきて、「先ほどのお金はないしょでお願いします」と言われました。安倍首相が小学校を支援していた証しですからね。

相沢 小学校の設置認可は大阪府私学課の担当ですね。対応はどうでしたか?

籠池氏 もともと私たちが認可申請を出そうとしていた時、私学課の担当者は非常に後ろ向きで、相手にしてくれない感じだったんです。それが、私たちが政治家にお願いして松井知事(当時)にいろいろと働きかけたら、次第に反応が変わってきた。認可申請を私学審議会に諮る(2014年12月)前には、担当者が「大丈夫、心配せんといてください」と太鼓判を押していたんですから。

相沢 でも審議会の結果は、小学校の開設を認めない「認可保留」になりました。

諄子さん あの日の夜、自宅に私学課の人から電話がかかってきました。

籠池氏 認可保留になったと言うんで「え〜っ、何をやっとるんですか?小学校をつくらせないつもり?」と怒った。そしたら「できる限り早く臨時の審議会を開く予定にしていますので」と言うんです。実際、1カ月後の臨時の審議会で認可適当になりました。大阪府もわれわれに協力してくれていたんですよ。

相沢 それが変わったわけですか?

籠池氏 国有地の値引き問題が起きてからです。松井前知事が「ごみを撤去しないと認可は難しい」と言い出して、小学校は認可できないという流れを作った。さらに「森友学園の補助金がおかしい」と言い出して、国有地の問題から世間の目をそらし、安倍首相を助けた。補助金の件は本来、詐欺にあたるような話ではなかったはずなのに、われわれは逮捕され、300日も勾留された。これが国策捜査じゃなくて何でしょう。

相沢 その事件の初公判が3月6日にありました。

籠池氏 ええ、言いたいことを言い切ってスカッとさわやかコカコーラ≠ニいう気分やね。

相沢 その直前にお母さまがお亡くなりになったんですよね。

籠池氏 そう。前の日の晩遅くにね。91歳で大往生なんやけど、最後まで私たちの裁判のことを心配してくれていました。初公判が終わってその晩がお通夜で、斎場で一晩母の横で添い寝して過ごしました。

諄子さん お父さんったら葬儀で感傷的になりかけたのよ。横で見ていたら棺に向かって「最後の最後まで心配かけてごめん」って語りかけて、今にも泣きそうな顔をしていた。でもこれから裁判で闘いが続くのにそんな気持ちじゃいけないと思って、私が棺のお母さんに「私たちは失敗したんじゃありません。これから良くなります。行ってらっしゃい」とお見送りの言葉をかけたの。

籠池氏 あれでパッと正気に返ったね。泣いている場合ではないと。

◇     ◇

 小学校の設置認可と国有地の値引き売却。過剰なまでの便宜が図られた背景を解明せねばならない。

(大阪日日新聞 論説委員・記者 相沢冬樹)


pagetop