週刊大阪日日新聞

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2019新春号

2025大阪万博 会場予定地の夢洲(ゆめしま)を歩く


▲広大な万博予定地。左奥は現在も埋め立て造成が続くエリア。手前の臨港道路にはコンテナターミナルの入場を待つトラックの車列が目立つ=大阪市此花区の夢洲

 2025年国際博覧会(万博)の大阪開催が正式決定し、大阪湾に浮かぶ人工島「夢洲(ゆめしま)」(大阪市此花区)に対する関心が高まっている。「都市計画の失敗例」として冷笑されてきた夢洲は、万博という千載一遇の機会を得て、文字通り「夢の島」になれるのか。現地を実際に歩き、現状から考えた。

 夢洲は大阪湾の西側に位置する人工島。広さは約390へクタールで甲子園球場約100個分もある。JR大阪駅からは直線距離で約10キロ。地下鉄とバスを乗り継ぐのだが、同じく人工島の咲洲を出発し北上、一度素通りして舞洲で折り返すので到着までに1時間以上かかる。

 咲洲とつながる海底トンネル「夢咲トンネル」を通過し、最初に目にしたのは、貨物コンテナを搭載した大型トラックの渋滞だ。夢洲の東岸には、コンテナ埠頭(ふとう)「夢洲コンテナターミナル」があり、片側2車線のうち左車線は、ターミナルに入場するのを待つトラックで埋め尽くされる。

 島内を縦断する臨港道路は慢性的に渋滞が発生。この日も11分で着く予定の舞洲まで20分かかった。バスを運行する北港観光バス(大阪市旭区)の運転手、市上憲一さん(61)は「万博工事が始まるまでに、もう2、3本、橋を架けてくれへんかな」と苦笑いする。

 夢洲に降り立つと道路に横断歩道がないことに気付いた。行き交うのはトラックばかり。歩道がない場所も多く、停車中のトラックの脇をすり抜けるように歩く。

 ある企業に許可をもらい、社屋の屋上から万博予定地を眺めた。南側は万博までに埋め立てが終了しないため、水上ホテルなどが建設される。神戸の街並みや明石海峡大橋などが一望できる抜群の景観は、海外から訪れる来場者にも好評だろう。気になったのは眼下に広がるトラックの車列。万博の建設工事が始まれば、工事車両も出入りするようになる。

 同市港湾局は、舞洲と結ぶ「夢舞大橋」と臨港道路を、現在の4車線から6車線に拡幅する予定だが時期は未定。同局は「夢洲と舞洲の物流機能は大阪だけのものではない。極力影響が出ないように考える」としている。

 万博の大阪開催決定という一つのハードルは超えた。今後は徐々に夢洲の未来図が姿を現すことになる。


来場2800万人想定
80億人でつくる未来社会

 大阪での万博は2025年5月〜11月の計185日間、大阪市湾岸部の人工島「夢洲」(此花区)で開催される。万博テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だ。世界中の一人一人が可能性を発揮すると共に、持続可能な社会のビジョンをつくる取り組みを推し進める。

 会場イメージは、未来社会の姿を反映させるという。ランダムに配置するパビリオンによって世界に広がる個々の人たちを表現する予定で、会場を世界中の80億人でつくる未来社会に見立てるという。IT技術を活用し、会場を訪れることができない人もバーチャルで参加できるようにする。

 来場者数は国内外から計2800万人を想定している。経済波及効果は約2兆円を見込んでいる。

 一方、会場建設費は1250億円と見積もっている。国、大阪府と大阪市、民間が3分の1ずつを負担することで合意している。このほか会場へのアクセスとして、地下鉄延伸や土地造成などの費用に計約730億円が必要となると見込まれている。


世界中の若者を主役に

WAKAZOワカゾウ」執行代表 塩田 悠人さん


▲パビリオン案のイメージ図を示す塩田さん=池田市内

 誘致活動を積極的に展開した関西中心の学生グループ「WAKAZO(ワカゾウ)」。「未来社会という言葉は若者のためのもの」という、執行代表の塩田悠人さん(24)=大阪大大学院2年=は「世界中の課題解決に向け、若者一人一人が主役になれる万博に」と意気込む。

 同グループは、独自のパビリオン「WAKAZO館」の実現を模索。伸縮自在な空気膜を活用し、入場者の数に応じて構造を変化させるものや、巨大なツリー状の柱に空を飛ぶ島のように岩盤をつるしたものなど、6種のパビリオン案を発表した。

 塩田さんは「ネット社会の今だからこそ、実体験でしかできないことがある」と強調。見る者によって受け取り方が異なり、自分自身の存在を再認識するように仕向けたパビリオンを通じて「世界中の若者に自分の『いのち』をどう捉えるかを問い掛ける場にしたい」と語る。

 開催が決まったときは泣きじゃくったという。「ここからさらに頑張らないと」と責任感を一層強くした。


大阪万博に魅了されグッズ収集

万博ミュージアム館長 白井達郎さん


▲自宅を私設ミュージアムに改装。当時のウルグアイ館の一部を移設している=池田市

 1970年大阪万博の関連グッズを収集し、池田市の自宅を私設ミュージアム=休館中=にした白井達郎さん(64)。約1万点ものアイテムを所有する白井さんは、2度目となる大阪万博に「次代の若者の力を」と望む。

 「急ピッチで街が整備され、徐々に万博ムードが高まっていった」と白井さんは当時を振り返る。開幕の2日後には母に昼用と夜用二つの弁当を持たせてもらい、一日中会場を回った。「会場全体が近未来の世界のようだった」という。携帯電話や電気自動車、電波時計など、後に実現したものも数多い。

 70年万博は建築家の黒川紀章氏やデザイナーのコシノジュンコ氏、アートディレクターの石岡瑛子氏、SF作家の小松左京氏、美術家の横尾忠則氏など当時の若い才能が結集。

 白井さんは「2025年も、20、30代の若い人材を中心に、わくわくする万博を作り上げてほしい」と期待を寄せる。25年の万博に足を運ぶかとの質問には「もちろん行く。それまでは元気でいたい」と笑った。


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