2017/4/22

そうやったんや! 畑山博史のわかるニュース
世界覆う、重い空気 戦後世界一体化 VS 一国主義・宗教争い

 米国が、三つどもえ状況のシリア戦争で化学兵器による市民虐殺が行われたことへの報復として国軍基地をミサイル攻撃、さらにアフガニスタンのイスラム国(IS)支配地域攻撃に史上最強爆弾を初使用などトランプ政権の強気な海外軍事攻撃が日増しに際立っている。

 日本にとって人ごとではないのは、隣国北朝鮮での核実験やミサイル発射に対し、同様に米軍が報復攻撃に踏み切る危険性を完全否定できないこと。シリア国軍やISと、北朝鮮とは決定的に異なる。北朝鮮は、駐留米軍基地がある日本や韓国を敵とみなし、攻められれば報復攻撃に出る一定能力があるからだ。

「戦後民主主義の是非」の根本議論を
ギスギスする国際関係を整理してみよう

強いリーダーと自国最強時代への回帰

 私は昨年末の本欄で「2017年、暮らしはどうなる?」と題して流動的な国際情勢を総括した。昨年5月のG7伊勢志摩サミットに参加した首脳のうち、現時点まで無傷で残ったのはトルドー加首相と安倍首相だけ。世界は「米国・ロシア・中国・EU」の4大勢力の離合集散がすべて、と総括した。

 予想外だったのは強く一国主義を唱えていたトランプ米大統領が、政策を曲げ紛争当事国にちょっかいを出しはじめたこと。トランプ氏は「弱い労働者の味方。アメリカに力を取り戻す」をスローガンにしているが、実際はゴールドマンサックスなどの資本家と近く、軍需産業とも仲がいい。内外に「アメリカはやる時にはやる」との威嚇を示しておかないと国際政治の主導権は握れない。それは軍需産業の武器消費願望とも合致するからだ。

アジアの均衡、ギリギリ

 今、アジアの均衡はギリギリ状況。ロシアにとって自国移民を受け入れてくれるシリアは盟友、ウクライナ問題や自国内民族紛争を抱え絶対に後に引けない。EUとは関係悪化の一途で、その分米国とは改善したいが、シリア問題では譲歩できない。一方でイラクやアフガンを拠点とする世界の鬼っ子≠hSを生んだのは、キリスト教国・米国の力によるイスラム教国2つの体制崩壊作戦の副産物だから悩ましい。

 中国は南シナ海での領土拡張軍事基地化に対し、米国不干渉のお墨付きがほしい。ロシアとはもともと相互不干渉だし、EUには遠すぎてどうでもいいから、ネックは米国だけ。ところが初の米中首脳会談の最中に、シリア攻撃を伝えられ習近平のメンツ丸つぶれだ。

 大国はそれぞれ経済的にジワジワ行き詰まっている。そんな時大衆が求めるのは、「強いリーダーと自国最強時代への回帰」だ。EU欧州連合内では、通貨統合と国境撤廃という成果を得たのに、ギリシャ金融危機と英国離脱に端を発し「域内移民排斥、自由市場拡大」の声が高まっている。

 第2次世界大戦後、世界に広がった『自由と民主の精神』は敗北しかけている。大国側が軍事介入に踏み切れば、弱小側はテロや化学兵器で対抗。各国は監視強化社会と異民族排除の憎しみの連鎖≠ェ台頭する悪循環。

「ゼロ成長、ゼロインフレ」が日本の方向と識者

 日本に関して、私は以前から「少子高齢化の国に発展はない」と言い続けてきた。何でも持っていてこれ以上買う必要のない高齢者に、デフレであろうが超低金利だろうが消費意欲は起こらない。

 元内閣官房審議官の水野和夫・法政大教授はその著書「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)の中で、こう述べている。

 「資源国(周辺国)から安くエネルギーを得て、途上国(周辺国)に品物を売りつけることで成長する資本主義(先進国)のビジネスモデルは20世紀で終わった。植民地帝国主義から資本主義に移行した長い16世紀≠ニ同じ事が20世紀後半から起こりつつあり、結果として一国主義で生き残ろう≠ニする考えが、自己中心の大衆迎合を呼ぶ」と手厳しい。

ではどうすればよいのか?

 水野教授は「より速く、より遠くへ、より合理的に」の考えを止め、「よりゆっくり、より近く、よりあいまいに」へと方向転換し、現在のゼロ金利に加え「ゼロ成長、ゼロインフレ」を提唱している。ゼロ金利の裏には、「金を借りて事業に投資しても、もはや見合うだけの回収はない」との現実がある。ゼロ成長は消極的に聞こえるが、人口減少社会ではそれすら難しい。かつて「一億総中流」といわれた日本で富裕層にさらに富が集中し、中間層没落で非正規社員が増加、鐘や太鼓の景気浮揚策アベノミクスの裏で国債残高だけが天文学的に膨れ上がっている下での無理やりインフレ誘導は、低所得者へさらなる苦しみを与えるだけ。

 では、日本の最強時代はどこだったのか?

 と考えると、まぎれもなく明治維新から戦前までのアジア進出時期が思い浮かぶ。その時代に戻りたい人は今もいる。教育勅語の見直しや、北朝鮮の暴発に備えることを理由に自民党の一部からは専守防衛の国是を骨抜きにする「敵基地攻撃能力を検討しては…」との声が上がるに至っては、若者を交え「戦後民主主義の是非」の根本議論から始めた方がよさそうだ。