2016/7/23

そうやったんや! 畑山博史のわかるニュース
天皇陛下「退位」意向の背景

国民憂慮、自粛へのご心痛

 天皇陛下(82)が「生前退位のご意向を内々に示しておられる」という新聞・テレビの記事が日本国中を駆け巡った。宮内庁は緊急否定会見を行い、安倍総理は「コメントを差し控える」と肯定も否定もしなかった。長年マスコミで働く私の経験からいうと、陛下から何がしかの動きがあったことは間違いない。私自身が陛下に拝謁した時の思い出を交え、この問題を考えてみよう。

 まず天皇陛下は日本国のどういう存在なのか?太平洋戦争前は神格化され、旧憲法では「万世一系ノ天皇之(これ)ヲ統治ス」と絶対君主≠ノ位置付けられ、その下に内閣や議会がある立憲君主制国家だった。

 敗戦後の新憲法では「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とある。これが俗にいう象徴天皇≠フ根拠。天皇は憲法の規定に基づき、国務大臣の認証や外国駐日大使の信任、外国元首との拝謁など国事公務をされており、国内ではその位置付けに議論が分かれるが、海外からみれば英国などと同じく「日本は今も立憲君主国」なのだ。

 陛下の公務は昨年1年間だけを見ても、戦後70年の慰霊の旅でパラオやペリリュー島など諸外国や東日本大震災被災地など内外訪問は75件にのぼる。

公務の重責、目の当たり

 私が両陛下に拝謁したのは、京都御所でご即位20年記念茶会が催された2009(平成21)年秋のこと。関西一円から選ばれた約100人の前に両陛下がお出ましになると、たちまちお2人の前には行列ができ、祝意を言上。両陛下は我々が胸に付けた名札をチラッとご覧になり、返礼のお言葉の中に個別業務へのねぎらいを盛り込まれる。侍従の「そろそろ」という声掛けにも、列が途切れるまで祝意を受け続けられた。

 私は「誠心誠意対応をされる両陛下」に言い得ぬ感動を受け、同時にたとえ一瞬たりとも気の抜けない公務の重責をつぶさに目の当たりにした。

陛下のやさしさにじむ

 陛下は、昭和天皇が慢性膵炎で入院手術をされた1987(昭和62)年秋以降、崩御された89(同64)年1月までの2年余り、日本国内を包み込んだ一般行事への自粛の動きのご経験を、最も憂慮されていると思う。当時皇太子だった陛下は国事行為を臨時代行されたが、正式な「摂政」ではなかったため、国中を覆い尽くして広がる暗く重い雰囲気に対し、強くご心痛になったことは想像にかたくない。

 昨年12月の誕生日会見で陛下は「年齢を感じることも多くなり、行事の時に間違えることもあった。一つ一つの行事により注意深く臨むことが必要」という趣旨の発言をされた。私が拝謁時に感じたように、国民は生涯の思い出として陛下と言葉を交わす。そのことをご承知で「接する限りは、一度たりともミスがあってはならない」と強い決意で日々を過ごしておられる。

 陛下は前立腺がん手術やストレスによる胃腸炎、心臓バイパス手術など近年、次々と大病を経験された。その間、公務を代行された皇太子殿下(56)と秋篠宮殿下(50)には全幅の信頼を寄せられており、特に皇太子殿下はご自身が即位された55歳を既に過ぎていることや、雅子妃(52)の体調回復も進んだことで「もう大丈夫」という信頼が生まれている。現に秋篠宮殿下は過去に「定年というものがあってもよいのではないか?」と述べられており、今回の「生前退位」報道とも符合する。

私利私欲なきお気持ち

 しかし、現実問題として、ことはそう簡単ではない。安倍総理周辺の改憲派は「皇室典範の改定や、必要なら改憲を含めた広範な議論を」と我田引水し、逆に野党や護憲派は「退位または譲位後の上皇などの二重構造はないか?陛下の自主的な退位意志確認の難しさ」と懸念し、警戒する。

 陛下がお心を痛めておられるのは「高齢になった自分が天皇の役割を果たせなくなることで、周囲を含めた国民に迷惑を掛けたくない」という純粋な思い。

 陛下のピュアなお気持ちを察し、左右両派ともいたずらに政治利用して理屈をこねることなく、ご意向に添って「摂政」設置を含めた公務軽減実現を国会主導で取り組んではどうか?