2015/9/12

そうやったんや! 畑山博史のわかるニュース
北朝鮮・韓国 なぜ対応に差が? 中国の抗日記念行事への出席

 中国・北京で9月3日、抗日記念式典軍事パレードが大々的に開かれたね。日本を含めた欧米とつながる国は、中国の軍事拡大などに反発して一斉に出席を見送った。

 その中で韓国は朴槿惠(パククネ)大統領と潘基文(パンギムン)国連事務総長(元韓国外交通商部長官)がそろって出席。一方で北朝鮮は、絶対トップの金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党第一書記の参列はおろか、元首級の金永南(キムヨンナム)最高人民会議常任委員長すら派遣しなかったし、政治局員クラスが出席する程度だった。

 よく考えてみると、欧米に近いはずの韓国が中国に近づく態度をとり、逆に中国との関係が良好に見えた北朝鮮が冷たい態度をとるなんて、「何か変だ」と感じる人も多いのではないかな。

 何かともめ続ける朝鮮半島の両国で、今何が起きているんだろう。現代史も振り返りながら、両国のことを考えてみよう。

現代史から読み解く朝鮮半島南北問題

■成り立ち

 日本と朝鮮半島の歴史的な結びつきは長いんだ。大陸からの文化はほとんどが朝鮮半島経由で伝わってきたからね。もともと半島には李氏朝鮮という国があったけれど、日本が1910(明治43)年に同国を併合して、半島の人々は独立した国を失った。それは35年後に日本が第2次大戦に敗れるまで続くんだ。

 日本統治の後は連合国軍政が3年間続き、48(昭和23)年5月に米国が主導して旧軍人中心の大韓民国(韓国)が独立宣言したんだ。一方で9月にはソ連(現在のロシア)を後ろ盾に金日成(キムイルソン)率いる朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が遅れじと独立した。

 お互いに「半島を統一した国家の樹立」を掲げていたから両国は激突。北朝鮮には中国、韓国には米国が応援参戦し直接銃火を交えたんだ。この朝鮮戦争は丸3年以上も続き、結局は幅4キロ、東西248キロにおよぶ非武装中立地帯(DMZ)を挟んで休戦。それが60年以上経った今も硬直している状態なんだ。この間に両国の国連同時加盟も実現していて、分断されたままの国家がすっかり固定されてしまったんだ。

■分断されたまま

 20世紀の「東西冷戦」といわれた時代は、自由主義と共産主義というイデオロギー(政治思想)対立が続き、政治体制の違いで分断された国家は東西ドイツや南北ベトナム、中国・台湾などがあった。

 今はドイツとベトナムは統一されたし、中台は国際的に中国が統一国家として認められ、台湾は地域としての存在になった。だから、政治体制の違いで分断された国家が今も続くのは朝鮮半島だけなんだ。

 現在、日本国内には韓国・北朝鮮の国籍を持つ人が約50万人いる。その中で、「在日」と呼ばれ何代にも渡って日本に住み続ける人々は約35万人。そのうち大阪府が約12万人でもっとも多いんだ。

 ちなみに、総数でいえば中国・台湾国籍の日本在住者は約69万人いて、すでに半島系の人々を数の上では上回っているよ。

■敵の敵は味方

 さて、本題に戻ろう。今回の中国での「抗日記念式典軍事パレード」における韓国と北朝鮮の行動を読み解くキーワードは「敵の敵は味方」というはさみ将棋的な論理≠セよ。

 分かりやすく言えば、韓国は日米の親密ぶりが不愉快だから、両国と距離を置いて中国に接近している。

 一方の北朝鮮は日米とはもちろんだけど、今や後ろ盾になってくれていた中国とも関係が悪化。 その分、韓国とは地雷爆発や砲撃で挑発を繰り返しながらも「常に意思疎通を図っておきたい」という思惑が見える。

■北朝鮮破たんで一番困るのは中国

 仮に北朝鮮の現体制が破たんするとどうなるか。大量難民が中国との国境になっている鴨緑江(おうりょくこう)を渡ってくることが考えられるので、ただでさえ経済的に苦しい中国が一番困るだろうね。だから中国、米国、ロシアの周辺大国にとって、「朝鮮半島は今のままの方が都合がいい」と考えている人は多いんだ。

 北朝鮮と韓国が民族統一国家を樹立することは、半島出身者の変わらぬ願いではあるけれど、李氏朝鮮が消滅し100年以上が経つ今も動きは鈍い。民族の悲劇はまだまだ続きそうだ。

朝鮮半島の現代史略年表
1910年 日本が李氏朝鮮を併合
1945年 日本が第2次世界大戦に敗戦
1948年 米国主導で大韓民国(韓国)が樹立。李承晩軍事独裁政権誕生
ソ連を後ろ盾に金日成の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が独立
1950年 朝鮮戦争勃発
1953年 休戦協定調印(米・朝・ソの三国.韓国は反対)。38度線で分断
1979年 韓国・朴正煕大統領(朴槿惠大統領の父)が側近によって暗殺
1988年 ソウル五輪開催。北朝鮮は不参加
1993年 韓国で初の文民政権の金永三大統領就任
1994年 金日成死去。息子である金正日が事実上の最高指導者として統治を開始
2000年 南北朝鮮分断後初の首脳会談を、金正日と金大中が平壌で開催
2002年 金正日総書記、日本の小泉総理と平壌で首脳会談、日本人拉致や不審船の行為認める
2003年 北朝鮮が核開発表明。日米中韓などで6カ国協議
2011年 金正日死去。金正恩が正式に党・国家・軍の三権を握る最高指導者に(2012)