2014/7/12

第68回 水都祭 天神祭奉納花火特別企画 対談 大阪天満宮宮司 寺井 種伯×大阪天満宮常任総代 大阪シティ信用金庫名誉会長・大阪市体育協会会長 新堂 友衛

 日本三大祭の一つ天神祭は水都・大阪の表玄関中之島を中心としたキタの繁華街一帯を舞台に、船渡御が行き来する7月25日の本宮をクライマックスとして約3週間にわたってさまざまな関連行事が繰り広げられる。今回、対談に登場していただいた新堂友衛名誉会長の率いる「シティ信金」は昭和2年に大阪市でその前身が産声を上げ、大阪市信用金庫の時代から一貫して大阪の企業と住民を身近で支えてきた。大川端の北浜に今も本店があり、大阪天満宮近隣の支店など営業拠点では天神祭に合わせてさまざまな取り組みで祭りムードを盛り上げている。新堂名誉会長は大阪天満宮だけでなく住吉大社の常任総代も併せて務められ、「地域の伝統と文化の継承保存と発展」へ造詣が深い。近づく天神祭本宮への思いを2人で語り合ってもらった。 (聞き手は、大阪日日新聞を発行する新日本海新聞社の畑山博史・取締役大阪本社担当)

シティ信金さんは職員の皆さまが
本気で祭りと向き合い
盛り上げてくださっている

寺井 種伯(てらい・たねのり)
 1933年8月、大阪市生まれ。関西学院大学文学部、国学院大学神道専科卒。明治神宮権禰宜、大阪天満宮禰宜、四条畷神社宮司を経て、89年大阪天満宮第57代宮司。99年神職身分特級。2000年国学院大学評議員会議長、04年大阪府神社庁庁長、神社本庁常務理事。これまでに大阪府神社スカウト協議会理事長、全国神社スカウト協議会副理事長などを歴任、ボーイスカウト活動に尽力。昨年、タイ政府観光庁からタイ国友好章を受けた。

天神祭は日本の宝。
地元の行政や金融機関が地域イベントを
応援するのは当然です。

新堂 友衛(しんどう・ともえ)
 1931年5月、大阪市生まれ。大阪経済大卒。50年大阪市信用金庫入庫、理事、常務理事、専務理事を経て、88年理事長。2010年代表理事会長。13年3信用金庫合併に伴い名誉会長。89年から大阪府軟式野球連盟・府少年軟式野球協会の会長として、大阪市信用金庫軟式野球部を全国屈指の強豪チームに育てあげた。98年から大阪体育協会副会長、2004年から大阪市体育協会会長としてアマスポーツ発展に取り組み。大阪府神社総代会副会長をはじめ、11年からは大阪ユニセフ協会常務理事となり社会奉仕活動にも取り組んでいる。

―新堂さんと大阪天満宮、天神祭の関わりは随分長いんですね。

新堂 私は生まれも育ちも大阪市城東区で、幼い頃から天神祭を見て育ちました。これだけ大きくて立派な祭りは大阪だけでなく日本の宝。地元の金融機関として地域のイベントを積極的に応援するのは当然のことです。

寺井 2002年、当時の新堂理事長がご寄進下さった大太鼓が本殿にございます。この太鼓は天神祭の際の大門開放にも欠かせない存在で、大変ありがたい。その後、氏子総代にもご就任いただき、陰になり日なたになりご支援をいただいております。


▲大阪天満宮大太鼓奉納奉告祭(2002年)

―昨秋から大阪シティ信用金庫と名称は変わりましたが、大阪市信用金庫時代から支店の職員さんが天神祭に合わせてゆかたを着て接客するなど積極的でしたね。

新堂 私の手元に、20 年前の天神祭で市信が作り配った記念の手ぬぐいがあります。高張り提灯(ちょうちん)を天神橋に掲げ、大阪市信用金庫として奉拝船も出していました。

寺井 私としても、天神祭は24日宵宮、25日本宮の2日間だけで終えたくない。そのためにいろいろなイベントを7日の星愛七夕まつりを幕開けに地域一帯で繰り広げていく。これはお宮だけではできません。地域一帯の住民の方々はもちろん、企業や団体のご協力は欠かせない。その点、シティ信金さんは職員の皆さまが本気で祭りと向き合って下さり、お取引先と一緒になって盛り上げて頂いています。


▲天神橋上で船渡御列を見守る
大阪市信用金庫の高張り提灯(1990年)

―大阪は民衆の街であり民活の先進地ですから、お2人がおっしゃるように民間力の結集は大賛成です。しかし、祇園祭を抱える京都市と比べると、大阪の行政は文化やスポーツなどへの支援体制が冷ややかですね。

寺井 大阪府市の財政ひっ迫問題もあり、松井知事や橋下市長のご苦労は分かります。しかし、100万人をゆうに超えるこの天神祭はもはや大阪天満宮だけの祭礼ではありません。大阪を代表する文化と伝統の継承行事であり、観光イベントとしての効果も十分あるはずです。

新堂 「民間でできるものは民間で」といえば聞こえはいいが、呼びかけ人として行政が果たす役割は相当大きいんです。大所高所から行政が金と人を出して、無形の文化、芸術やスポーツなどを育てないといけない。府民市民の心と体を大切にしない施策では 血が通った行政≠ニはいえませんね。


▲本店営業部では職員が浴衣姿で接客(2011年)

―そういう意味では、今年は大阪天満宮の境内に 「御神水舎」が完成。湧き出た水をペットボトルに詰めて「天満天神の水」として売り出し、事業化される。

寺井 江戸時代より「天満の清水」はおいしいと評判でした。しかし、地下鉄工事や地盤沈下で次第に出が悪くなり忘れられていた。今回地下ボーリングで70mと比較的浅い場所からよい水が出て、名水がよみがえりました。事業化といっても、純益が出ればすべて天神祭の収支勘定に繰り込み、累積赤字解消の一助にするつもりです。

新堂 資金難を嘆くだけでなく、積極的に事業を起こして財政立て直しを試みられる大阪天満宮の意欲は立派ですね。市長や知事に聞かせてあげたいね。


▲大阪市信用金庫の船渡御の奉拝船(1991年)

―陸渡御や船渡御の際は、名誉会長はどこで。

新堂 当日は、常任総代として陸渡御で宮司さんとともに御鳳輦(ごほうれん)のお供をして歩き、船渡御では神霊奉安船や供奉船に乗って大川を行き来するので責任重大。

寺井 総奉行はじめ役職の皆さんには、長時間我々とともにお務めを頂き、ありがたいです。


▲大阪市信用金庫時代に取引先に配った
天神祭の手ぬぐいを示す新堂名誉会長

―不思議に雨は降りませんね。

新堂 かなり昔は奉拝船に、きれいどころが乗っておられてね。梅雨明けで暑いけど、日暮れから川面を渡る風も涼しくなる。船渡御自体が粋な雰囲気で華やかな情緒があった。産業界のトラックがパレードする自動車渡御もありましたね。

寺井 私も平成元年から宮司を務めていますが、雨は経験ないですね。陸渡御は3500人、船渡御の奉拝船はゆうに1万人の方がお供をして頂いています。

―最後に大阪シティ信用金庫となって初の天神祭について。

新堂 三つが合併してできた新しい信用金庫ですから、それぞれの地元のお祭りはこれからも大事に付き合っていきたい。地元の企業さんや住民の皆さんの喜ぶ姿こそ、私たち自身の喜びでもあるわけですから。


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