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2019/8/1

「いいものは残す」も広島精神

第三章 広島人はなぜ、グローバルな発想が得意なのか
グローバルな力 いいものはガンガン取り入れて広島の色に染める

岩中祥史「広島の力」(青志社)より

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港にはまた、次のような特徴もある。 「〈略〉運命を全く天に任せ、陸上に於て平時に得らるべき便利と快楽とを全く抛棄(ほうき)して忍耐したる舟人及び船客の苦痛は、港に入るに及んで(あたか)嬰児(えいじ)母懐(ぼかい)に於けるが如く、風波の収まると共に全く一掃せらる。(ここ)に於てか彼等は競ひて上陸し、新鮮なる蔬菜(そさい)と、一灑(いっさい)沐浴(もくよく)とに従来の疲労を一掃せんとするが如くに其他の快楽をも一時に(もと)め、(さき)の苦痛と危険とを償却せんとす。かゝれは港は金銭流通の頻繁なる所、金使ヒの荒き所、従つて(やや)もすれば風俗の頽廃(たいはい)する所、黴毒(ばいどく)の蔓延する所、人情の軽薄なる所となる。而も同時に港は人情の快濶(かいかつ)なる所、而して総ての生活の活溌(かっぱつ)なる所〈略〉」(同)。

 運を天に任せるばかりで、陸の上にいれば容易に味わえる便利さや快楽を我慢することでもたらされる苦痛も、港に着けば、赤ん坊が母親のふところに抱かれたときと同じように、すべて消え去ってしまう。船乗りが一刻も早く上陸し、新鮮な食べ物を口にし、ゆっくりお湯につかりたいと思うのは、そうした疲れを忘れられるからで、ひとときの快楽を求めるのも、そうした苦痛を癒したいがためにほかならない。

 そのため、港のあるところはお金の動きが活発な一方で、人情味に乏しくなりがちである。ややもすると風俗が乱れがちで、性病が蔓延するきらいもある。ただ、それと同時に、だれもが快活になり、生活も生き生きとしてくるのも港なのだ。

 鞆でも、こうした特徴がその後長らく息づいていたにちがいない。ちなみに、ここで出てくる「黴毒」とは、のちに森下博が撲滅しようとした「梅毒」である。

 また、鞆は風光明媚の地としても知られていた。なかでも、鞆の浦と呼ばれる一帯は、宮崎駿(はやお)の『崖の上のポニョ』(2008年)のモデルにもなった場所で、近ごろは中国、台湾、香港をはじめ、世界各国からジブリファンが足を運んでいる。

 1711年、この地を訪れた朝鮮通信使の一行は、宿舎として用いられた福禅(ふくぜん)寺の客殿(のちに朝鮮通信使が「對潮樓(たいちょうろう)」と命名)座敷から、海と山から成る美しい景色を見て、「日東第一形勝(日本でいちばん美しい景勝の地)」と絶賛している。

 鞆から連絡船に乗って5分ほど行くと、仙酔島(せんすいじま)という島がある。名前のとおり、天上を舞う仙人がその美しさに酔いしれたというほど美しい景観を持つこの島は瀬戸内海を代表する景勝地として知られ、1925年に国の名勝にも指定された。仙酔島は、日本で最初の国立公園である瀬戸内海国立公園の切手にも描かれている。

 鞆の町はいまでも、江戸時代中期以降に描かれた町絵図と現代の地図がほぼ一致するほど、古い町並みがほぼ残されている。昔の姿をそのままとどめた建物も少なくない。

 また港には、常夜灯・雁木(がんぎ)(道路から海岸に降りるため、棒などを埋めて作った階段。船着き場や桟橋に設けられる)・波止(はと)(陸地から海中へ細長く突き出した構築物。波を防いだり荷物の積み降ろしに用いる。防波堤)・焚場(たでば)(船底についた貝殻や海草をはがして乾燥させるため、船底を焼くのに使う船台)跡・船番所跡の五つがそっくり当時のまま残っている。この五つがそろっているのは全国でも鞆だけである。

 また鞆の浦は、宮城道雄が世界的な名作『春の海』を作曲するにあたり、そのヒントを得たともされる。

 「『春の海』は昭和5年に『海辺の(いわお)』という勅題が出たので、それに(ちな)んで作曲したものである。大体の気分は、私が瀬戸内海を旅行した際に、瀬戸内海の島々の綺麗(きれい)な感じ、それを描いたもので、〈略〉長閑(のどか)な波の音とか、船の()を漕ぐ音とか、また鳥の声というようなものをおり込んだ。曲の途中で少しテンポが速くなる所は、船歌を歌いながら、艪を勇ましく漕ぐというような感じを出したものである」(千葉潤之介編『新編 春の海 宮城道雄随筆集』)

 これは余談だが、この随筆集の中で、子どものころ祖母からよく話を聞かされていたという「祇園さん」にお参りしたときの話が出てくる。この「祇園さん」とは、森下博の父親が宮司をしていた沼名前(ぬなくま)神社である。時代を超えてはいるものの、不思議なつながりを感じさせる。


岩中祥史(いわなか よしふみ)
 1950年11月26日生まれ。愛知県立明和高校から東京大学文学部に進み、卒業後は出版社に勤務。1984年より出版プロデユーサーとして活動するとともに執筆活動も。地域の風土と人々の気質との関係をテーマに、『名古屋学』『博多学』『札幌学』『鹿児島学』『新 不思議の国の信州人』『新 出身県でわかる人の性格』『名古屋の品格』『城下町の人間学』など著書多数。2011年の上梓した『広島学』はご当地広島の人たちをも驚かせる内容で、ベストセラーになった。


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