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2019/3/14

広島には昔から、素晴らしい「兄弟」たちがいた

第二章 広島人はなぜ、ファミリー意識が強いのか
「三本の矢」=毛利の力 結束の強さがファミリーを支える

岩中祥史「広島の力」(青志社)より

 江戸時代までの広島、とくに西部の安芸エリアは、どの家も家族が多かった。この一帯に広く流布していた安芸門徒(浄土真宗)の教えで、間引き(堕胎)が禁じられていたため、子どもができれば産まなければならなかったからだ。

 新たに子どもができても、その分自動的に実入りが増えれば、なんの悩みもない。しかし、現実にはそういうわけにいかないから、どの家でも家族仲よく暮らし、お互いに成長し合えるようにしていくしかない。

 それ故かどうなのか、広島では昔から「兄弟(姉妹)」そろって名を成すケースが多い。古い資料だが、こんな一節がある。 「広島県には傑出した兄弟が多い。特色のひとつだと思うが、これも戦国時代の武将、安芸の毛利元就が、隆元、元春、隆景の三子に与えた教訓状で一族団結を説いた、その話が思いあわされる」(朝日新聞社『新・人国記@』1963年)。もっとも、「三本の矢」の話は後世の創作との見方が強い。

 それはともかく、同書で広島県出身の兄弟の代表として取り上げられているのが永野六兄弟(まもる、重雄、俊雄、輝雄、鎮雄しずお、そして治)である。永野家は呉市の下蒲刈しもかまがり島にある浄土真宗の弘願寺ぐがんじが本家で、父の法城は寺を継がず、裁判官として中国地方の裁判所を転々としていた。

 その最初の赴任地・島根県浜田市で生まれたのが護。次いで、同松江市で生まれたのが重雄(のち新日本製鐵会長、日本商工会議所会頭)、山口県岩国いわくに市で生まれたのが三男・俊雄(のち五洋建設会長)、同山口 市で生まれたのが伍堂ごどう輝雄(のち日本航空会長)。五男の鎮雄(のち参議院議員)と末っ子の治(のち石川島播磨重工業会長)が広島生まれである。6人という数の多さもさることながら、その全員がそれぞれ、ひとかどの人物として名を成したのがすごい。

 ほかにも、重政庸徳しげまさつねのり(参議院副議長)・誠之せいし(農林大臣)兄弟、鳥居庄蔵(証券取引委員会委員長)・金次郎(富士電機副社長)・辰次郎(海上保安庁長官)の三兄弟、石原武夫(特許庁長官)・秀夫(ゴールドマン・サックス証券会長)・周夫かねお(大蔵事務次官)の三兄弟など、そうそうたる実績を残した兄弟が目白押しである。

 スポーツ界では、Jリーグの森崎和幸・浩司こうじ(双子)がよく知られているが、カープにからめてということなら、やはり新井貴浩たかひろ良太りょうたである。

 貴浩は広島市出身。広島工業高校から駒澤大学に進み、4年生のときに出場した日米大学野球で打率5割を記録、秋の東都六大学リーグでは打点王とベストナインを獲得し、1998年のドラフトで、カープから6番目に指名された。

 入団3年目の2001年からレギュラーに定着、この年は124試合に出場し、打率・284、18本塁打、56打点の成績を残している。

 翌2002年は140試合にフル出場、プロ入り初の規定打席にも到達し、自己最多の28本塁打を記録した。さらに05年は、43本塁打で本塁打王を獲得するとともに、打率も・305と自身初の3割越えを達成。カープ最後のシーズンとなった07年は28本塁打、 102打点の成績を残し、シーズン終了後にFA(フリーエージェント)宣言し、尊敬する金本知憲ともあきがひと足先に移籍していた阪神タイガースに移る。

 この当時のカープは弱小で、新井ひとりがどう頑張っても、セ・リーグを制する可能性は薄かった。それに業を煮やしたのか、タイガースに移ったのだが、それから7年目、とうとう念願のリーグ優勝を果たす。しかし、なんとも不運なことに、新井はその年、腰を痛めてしまい、夢に見ていたであろう日本シリーズも欠場したのである。

 一方、弟の良太は中日ドラゴンズから阪神に移り、4年間一緒にプレーした。目立った活躍はないものの、兄と同じチームで一緒にプレーできただけでも、さほどストレスも感じずにいられたのではないだろうか。仲のいい身内がすぐ近くにいるというのは、なんにせよ安心できるからだ。

 新井兄弟以外にも、プロ野球の世界では昔から広島県出身の兄弟選手が目につく。古くは藤村富美男・隆男、銭村ぜにむら健三・健四けんし、上田藤夫・良夫、浜崎真二・忠治ただはる、岩本義行・信一のぶかず、広岡富夫・達朗、永川勝浩・光浩など、それぞれ素晴らしい実績を残している(詳しくは『広島学』参照)。ウィキペディアなどで調べてみると、「スポーツ界の兄弟選手」の多さに驚くが、競技で目立つのはサッカーと野球、そして野球界では広島県出身者が目につく。


岩中祥史(いわなか よしふみ)
 1950年11月26日生まれ。愛知県立明和高校から東京大学文学部に進み、卒業後は出版社に勤務。1984年より出版プロデユーサーとして活動するとともに執筆活動も。地域の風土と人々の気質との関係をテーマに、『名古屋学』『博多学』『札幌学』『鹿児島学』『新 不思議の国の信州人』『新 出身県でわかる人の性格』『名古屋の品格』『城下町の人間学』など著書多数。2011年の上梓した『広島学』はご当地広島の人たちをも驚かせる内容で、ベストセラーになった。


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