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2018/11/22

「教育の西の総本山」として、日本のスポーツ普及に貢献 岩中祥史「広島の力」(青志社)より

広島人はなぜ、屈託のない性分なのか
学校の力 スポーツ王国の源泉

 カープ愛や郷土愛は別として、広島県人が教育に昔から非常に熱を入れていたのは事実である。太平洋戦争前は、全国で2校(終戦直前に、石川県金沢市と愛知県岡崎市にも作られた)しかなかった高等師範学校(もう1校は東京)が置かれていた(1902年から)ことからもそれはよくわかる。広島高等師範学校はその後、広島文理科大学附置、さらに広島大学教育学部に姿を変えていったが、「教育の西の総本山」と称され、東京高等師範学校(のち東京教育大学を経て現筑波つくば大学)と並んで日本の教育界をリードする存在であった。

 荒木俊馬あらきとしま(京都産業大学初代総長)、屋良朝苗やらちょうびょう(本土復帰後の沖縄県初代知事)、加計勉かけつとむ(加計学園、順正学園創立者)、長田新おさだあらた(原爆体験記『原爆の子』を編集)、小原國芳おばらくによし(玉川学園創立者)など、OBにはそうそうたる人物の名が並ぶ。

 同窓会は「尚志会しょうしかい」といい、東京教育大学・筑波大学の同窓会「茗渓めいけい会」と並び称されるが、近年はその影響力にもやや影が差しているという。しかし、「士たる者そのこころざしを高尚に保つ」(孟子)との言葉から会の名称がつけられているように、同校で学び教師として巣立っていった者は皆、高い志を胸に保ち続けたようだ。

 『広島学』でもさまざま取り上げたが、いまの日本でごく普通におこなわれているスポーツも、この広島高等師範学校が最初というケースがけっして少なくない。ここで学んだスポーツを、その後全国各地に赴任していった教師たちが広めていったのである。その意味では影響力も大きいのだが、いまの時代の小中学校でもそれと同じようなことが見られる。

 そうした伝統・風土が根づいたのは、やはり江戸時代以来の教育重視の考え方が影響している。

 江戸時代、現在の広島県は大きく広島藩(安芸)と福山藩(備後)に分かれていた。県北部の三次みよしにも藩が置かれたが、こちらは広島藩の支藩だから、前者に含めていい。そして広島藩は修道館、福山藩は誠之館せいしかんと、それぞれ藩校を設けていた。

 広島藩のほうは「識学所」「講学館」「学問所」と名前を変えながら続き、1870年、広島城三の丸の「学問所」を第12代(最後)藩主・浅野長勲ながさとが城中八丁馬場に移し、「修道館」と称した。「修道」とは、四書の一つ『中庸ちゅうよう』の「修道之謂教(道を修むる之を教へといふ)」から取ったもの。

 福山藩のほうは、1786年に4代藩主・阿部正倫まさみちが「弘道館」を創立したのが最初である。しかしこれが不振であったため、1854年、7代藩主・阿部正弘まさひろ(幕府の老中筆頭も務めた)が廃止。翌年新に「誠之館」を設けたものの、72年に廃校となる。こちらの校名も『中庸』にある「誠者天之道也、誠之者人之道也(誠は天の道なり、誠之は人の道なり)に由来している。

 現在の県立福山誠之館高校の名も、もちろんそれにちなんでいるのだが、こちらの直接の前身は1879年設立の広島県福山中学校(旧制)で、87年に「尋常中学福山誠之館」と改称されたもの。その後もたびたびの改称を経て1968年に現在の校名となったのだが、藩校との間に直接的なつながりはない。

 「誠之館」の場合、本家≠ニのゆかりという点でいうなら、東京都文京区にある区立誠之小学校のほうがよほど深い。2015年度で開校140周年を迎えた誠之小学校は、1875年に福山藩邸跡に設けられた誠之学校に淵源えんげんがある。同校の校是こうぜはいまも「誠之人道」。しかも、その名づけ親は藩校・誠之館の開設者である阿部正弘と親交の深かった水戸藩主・徳川斉昭なりあきらであった。

 太平洋戦争前は、学校区内の西片にしかたに居を構えることが日本のエスタブリッシュメント(支配階級)であることを示すとも言われた。公立でありながら都内有数の名門小学校として知られ、かつては番町ばんちょう小学校・麹町こうじまち小学校(いずれも千代田区)とともに小学校「御三家」と呼ばれた。

 この3校には上流階級・有力者の子弟が学区を超えて入学、その多くが「一中(現日比谷ひびや高校)→一高(現東京大学教養課程)→帝大(現東京大学)」というコースを歩んだという。


岩中祥史(いわなか よしふみ)
 1950年11月26日生まれ。愛知県立明和高校から東京大学文学部に進み、卒業後は出版社に勤務。1984年より出版プロデユーサーとして活動するとともに執筆活動も。地域の風土と人々の気質との関係をテーマに、『名古屋学』『博多学』『札幌学』『鹿児島学』『新 不思議の国の信州人』『新 出身県でわかる人の性格』『名古屋の品格』『城下町の人間学』など著書多数。2011年の上梓した『広島学』はご当地広島の人たちをも驚かせる内容で、ベストセラーになった。


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