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2017/12/14

この道一筋、今笑顔 

秋の叙勲・褒章 受章者インタビュー

 今年の秋の叙勲・褒章には、東広島から10人が選ばれた。長年こつこつと努力を積み重ねてきた受章者に、受章の喜びを伺った。東広島市の受章者は次の皆さん(敬称略、年齢は発令の11月3日現在)。瑞宝小綬章=元国立国会図書館参事・花満弘文(70)、元広島刑務所長・本堂恭二(78)▽旭日双光章=元農事組合法人ファーム・おだ組合長理事・吉弘昌昭(79)、元東広島市議・渡辺国彦(80)▽瑞宝双光章=元公立中学校長・三見昌明(76)、元中国運輸局海上安全環境部先任船員労務官・助光正司(71)、元公立小学校長・長原和子(71)▽瑞宝単光章=元東広島市消防団分団長・加藤憲造(71)、元河内町消防団長・東一孝(70)▽藍綬褒章=調停委員・奥村久美子(65)


農業で古里を元気に

旭日双光章 河内町小田 吉弘昌昭さん(79)

 農業技術者として県庁に40年間勤務。定年退職後は県農業会議に席を置き、5年間、農業の担い手対策に取り組んだ。その後、生まれ育った河内町小田で農事組合法人ファーム・おだを設立。米粉を使った6次産業を実現させた。

 過疎・高齢化の小田。小学校の廃校と平成の大合併を目前にした平成15年、「地域を守ろう」と住民が立ち上がり、自治組織「共和の郷・おだ」を有志と設立。「共和の郷・おだ」を1階、経済活動を行う「ファーム・おだ」、米粉パン販売「パン&マイム」を2階とした『新2階建て方式』のまちづくりでさまざまな事業に挑戦してきた。

 このまちの転換期に、吉弘さんは中心的リーダーとなって住民を引っ張っていった。「良いと思うことはやる」「やると決めたことは、諦めず実現するまで努力する」がモットー。赤字だった農家を黒字に転換させ、農地を守り、雇用も生み出した。直売所やパン屋を目当てに観光客が訪れ、全国、世界から新2階建て方式の視察に毎年1000人以上の人が訪れる。他市からの移住者もいる。「良いと思ったことを皆さんと一緒にやった結果」と笑う。

 受章を「皆さんの代表としていただいた」と喜ぶ。「長年の目標、『米粉パンの学校給食への提供』はこれからも言い続けていきますよ」とにっこり。

 (橋本)


「現役時代の苦労報われた」

瑞宝双光章 西条郷曽 三見昌明さん(76)

 昭和40年から35年間、広島県内の公立中で社会科の教員、東広島市教委で社会科教育指導主事、市立高屋中学校で校長を務めるなど、学校教育の発展に尽力した。

 社会科の教員時代には、八本松の県立教育センターで半年間研究に打ち込んだことも。「社会科は暗記科目ではなく、社会事情をしっかり知って学ぶもの。一つの視点からではなくいろいろな角度から物事を見なければならない」との研究結果を県に報告した。

 曲がったことが嫌いで、妥協を好まない性格の三見さんは、いつも「今日は昨日の吾に克」を心に留め、人生を過ごしてきた、という。「うまくいかないときには、1歩下がって自分を見つめることも大切。そして、どこで失敗したのかをまず考える。立ち止まってから再スタートしてもまだ間に合うのだから」とほほ笑む。

 平成12年12月、不慮の事故で病院に搬送された。その年度の卒業生を祝うことができなかったことが心残りだった。以来、長期療養により教育関係者らが集う公の場などに出席するのを控えてきた。現在は、自宅で家族との穏やかな生活を楽しんでいるという。

 「今回の受章で、現役時代の苦労が報われた気がする。自分が精いっぱいやってきたことの結果だと思うとうれしい。これも一重に長年にわたり皆さま方からいただいたご指導とご支援のたまものと心より感謝したい」と受章を喜んだ。

 (茨木)


「海を持つ安芸津町との合併が思い出」

旭日双光章 西条町御薗宇 渡辺国彦さん(80)

 「受章は私を支えてくださった多くの皆さんのお陰。これからは栄誉に恥じないような生き方をしたい」

 市の職員を退職後、「市政発展と地域のために尽くしたい」と市議選への立候補を決意。平成11年/から27年まで4期16年間にわたって市議を務め、東広島のまちづくりに尽力した。

 最も印象に残っているのは、「17年に安芸津町と合併できたこと」と即答する。「港を持つ安芸津町との合併は、旧東広島市が誕生(昭和49年)したときからの願いだった。まちづくりに無限の可能性を感じてうれしかったね」と目を細める。

 市の職員時代に、水源の乏しい水道局での断水や節水など水に絡む問題で苦労してきたことが、市議の仕 事に役立った、という。「執行部との交渉には、押したり、引いたりする駆け引きが必要でしょう。そのテクニックは、職員時代の市民との交渉で培われた。粘り強さで、市民の思いを市政に届けてきた」と自負する。

 市議の16年間を点数で総括すると、「80点かな」と話す。その心を尋ねると、「やり残したことがあったからね。一市民として現職市議にマイナス20点分の思いを伝えたい。市議を辞めても、東広島をよくしたいという思いは変わらないから」。 

 (日川)


子どもと共に38年

瑞宝双光章 西条町御薗宇 長原和子さん(71)

 昭和44年4月から平成19年3月までの38年間、広島市内の公立小学校で学校教育に携わった。

 長原さんは、中学校時代の恩師だった熱意ある先生の姿に憧れ、広島大学教育学部で初等教育を学んだ。卒業と同時に広島市立古田小学校に教諭として赴任した。最初に受け持ったのは3年生で、「私は大学を出たばかりの新任教師。ただただ夢中で、本当に一生懸命だった」と当時を振り返る。教諭時代は土曜日の午後に自主研修を行うなど、授業研究にも力を入れ、子どもにとって何が一番良いのかを常に考えた。

 平成8年からは市立竹屋小学校に教頭として着任。 退職までの11年間、3校で教頭・校長を歴任し、学校運営にも尽力した。退職前の2年間は、県の公立小・中学校女性校長会の会長に就任。女性校長の資質の向上や、学校経営に関する研修などに力を注いだ。人とのつながりを大切にしながら、努力してきたという。

 退職後は御薗宇地域の民 生児童委員や、登下校児童の見守り隊として地域活動に力を注いでいる。子ども の前に立つときには、どんな時でも笑顔を心掛けている。

 「皆さんに支えられてきたお陰で今がある。感謝の気持ちでいっぱい。これからも、地域のためにお手伝いができたら」と笑顔だった。

  (茨木)


地域を支えた31年

瑞宝単光章 河内町宇山 東一孝さん(70)

 昭和43年から31年間、消防団として地域を支え続けた。平成6年から約5年間は、河内町消防団長として「協力して、地域全体を守っていこう」と呼び掛け、約100人の消防団員を統括した。

 「地域の輪を大切にしたい」という思いを胸に、日頃から、時間があるときには、火事のないように地域の見回りを続けた。火災はもちろん、山での遭難など地域で何かあったときも消防団として駆け付けていた。「皆でいただいた賞。皆さんの協力があって消防団を続けてこられた」と振り返る。「消防団はいざという時の組織力がある。若い人たちには、地域のために頑張ってほしい」と期待を込めた。

 現在は、農事組合法人うやまの代表理事を務め、アスパラ、ネギ、飼料イネなどを作っている。地域に若い人が少ない現状から「宇山で若い人が定住できるような農業ができたら」と思いを語った。

  (石田)


チームワーク大切に

瑞宝単光章 黒瀬町小多田 加藤憲造さん(71)

 昭和47年から35年間、消防団員として地域のために力を尽くした。平成15年から4年間は、東広島市消防団第9方面隊第1分団の分団長を務めた。

 加藤さんは自衛隊の教育隊に半年、音楽隊に3年半の在籍経験があり「自衛隊での経験があったから、分団員への指示や号令を明確にかける分団長として隊をまとめることができた」と振り返る。

 近所で早朝に火災が起こったときには、すぐに駆け付け、人を集めるために機敏に動き、周辺への火災 の広がりを食い止めたこともあった。消防団活動にも積極的に取り組んだ。ポンプ操法大会で優勝したこともあり、「チームワークを大切にしてきた。団員の皆さんに思いやりの気持ちを持って接するよう心掛けた」と目を細める。

 現在は農業をしながら、クラシック音楽やグランドゴルフなどの趣味も楽しんでいる。「受章に恥じない行動をして、さらに自分を磨いていきたい。地域のために人が嫌うことに進んで取り組んでいきたい」と力を込めた。

  (石田)


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