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2017/11/16

interview 衆院選で3選 新谷正義さん

広島4区から地方都市のモデルを発信


▲「東広島は故郷。元気にするのは私の当然の願いである」と話す新谷氏

 衆院選が終わって3週間余り。広島4区では、比例中国ブロックから小選挙区に回った新谷正義氏(42)(自民)が3選を果たした。新谷氏に政治への思いや決意などを聞いた。(日川剛伸)

※           ※

「一瞬一瞬を大切に仕事にまい進」

小選挙区選出の代議士です。

 より深く地域に関わることが求められる。そのためには組織の整備は不可欠。いろいろな方の意見を聞きながら、徐々にではあるが、選挙区(4区)全体にくまなく組織を整えたい、と思っている。

4区という地域をどのように捉えていますか。

 日本の地方都市のモデルとなりえる地域。工業と農業の分野が両立し地域を支えている。その良いところを、さらに伸ばしながら全国の模範となるような地方都市を4区から発信していきたい。もう一つは、底力のある地域だということ。まだまだ成長できる伸びしろがあるからだ。自治体や経済団体などと連携を取りながら、4区の声を国 政に届け、その潜在的な力を引き出していきたい。

 また、私にとっては、東広島は故郷。東広島で生まれ、1歳から青年期まで八本松町で過ごした。東広島を元気にすることは私の願いでもある。

一方で課題については、どのように認識を。

 社会保障でも、特に救急患者の受け入れ態勢や医師の偏在など地域医療に関する分野。数年後には団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる。地域医療に関わってきた経験を生かし、10年後、20年後を見据えた地域医療の総合的な体制を構築していきたい。

 少子化対策も必然の課題。国の制度と合わせ、あらゆる施策を講じていく必要がある。初当選から5年間で、子育てや介護など、厚生労働関係を中心に自民党の政策決定に関与してきた自負があり、その経験も生かしたい。

政治家を志したきっかけは。

 母方の祖父は、初代東広島市議会議長を務めた医師の高橋績 二(故人)で、父方の祖母は世羅町で町会議員を務めていた。小学生の頃から、ごく自然に政治の話を聞く機会が多く、将来は政治の世界で力を尽くしたいという気持ちを持っていた。大きな決め手になったのは、茨城で医療に従事していたときに、東日本大震災(2011年)が 起こり、私自身被災したこと。地域医療が直面する課題をまざまざと見せつけられ、政治の力で何とかしたい、と思うようになった。

目標としている政治家は。

 一人は池田勇人元首相(故人)。医師でもあった母方の祖 母が池田の後援活動をしていたこともあり、幼少期から池田先生の話は聞かされていた。国民の所得を増やしていく発想は、私の理想でもある。もう一人は、消費税を導入した竹下登元首相(故人)。国民の反対が多かった消費税導入を成し遂げた竹下先生のエネルギー、懐の大きさを、私自身が政治家になってみて痛切に感じている。

派閥は平成研(額賀派)です。

 くしくも池田先生が創設した宏池会(岸田派)と、竹下先生が作った平成研は同じビルに入っていて、合同の懇親会も開催している。祖母は池田先生を応援していたし、気持ちは近いところにある。

政治家とは。

 国民の力を伸ばすこと。政治家は脇役に過ぎない。いろいろな制度の不具合を修正し、国民が豊かに、幸せに暮らせるように手助けするのが政治であり、政治家の役割。政治家は脇役である以上、おごってはならない。

 心にとどめている言葉は「一期一会」。何度も会う人でも、毎回同じ話はしないし、そのとき、そのときで新しい出会いがあると解釈している。一瞬一瞬の時間を大切にしながら、仕事にまい進する政治家でありたい。


【プロフィル】1975年生まれ。幼少期から青年期まで東広島市で育つ。2001年、帝京大医学部卒。06年、東京大経済学部卒。内科医として東広島の医療機関に勤務後、地域医療に従事。12年、衆院選・比例北関東ブロックから初当選。16年、衆院選・中国ブロックから2回目の当選。


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