美術館の歩み

1982年夏
 現愛新美術館館長・菅泰正が北京に旅行。現地人ガイドの案内で、もと満州皇太子だという初老の書道家に揮毫してもらった。帰国後作品の落款の「愛新覚羅」という名に興味をいだき礼状を出し交流が始まる。

1983年
 菅夫妻が北京にその書道家・愛新覚羅毓嶦さんを再訪。

1985年
 毓嶦さんから菅に、溥儀のことを身辺の人たちが書いた回顧録『溥儀離開紫禁城以後』(溥儀紫禁城を去りし後)が送られてくる。その一部を毓嶦さんも執筆。その本により初老の書道家が中国最後の親王・愛新覚羅毓嶦さんであることが判明。

1988年
 菅はこの本を3年がかりで邦訳し、『素顔の皇帝・溥儀』(全3巻)として出版。

1989年
 菅、NHK衛星放送有料化の特別記念番組「最後の皇帝・溥儀」(全28巻・中国中央テレビ局制作)の日本語版制作に携わる。

1990年
 毓嶦さんと彼の所属する北京市中国芸苑の要請で、菅夫妻が北京市を訪問。「愛新覚羅美術館」開設の打診を受ける。日本に建物を造れば美術館として必要な書画作品はすべて北京市が菅に寄贈するとの話を受諾。竹原市田万里町の菅経営の「山菜料理・里の茶屋」に隣接して展示館を建設。ほどなく同山菜料理店を廃業。
 寄贈された愛新覚羅氏一族書画家十五人の作品を陳列し、北京市から毓嶦さん夫妻と関係する要人を招き、溥傑さん揮毫の「愛新覚羅美術館」(略称・愛新美術館)の看板を旗揚げ。同時に、天満屋デパート広島店を皮切りに順次岡山・米子・福山・三原の天満屋本支店、更に大阪・長野など各地で展覧会を開催。
 中国の歴史・美術・文学などをテーマとした「愛新美術館文化講座」、「初心者のための鑑賞講座」、「愛新覚羅ゆかりの中国ツアー」の開催や『愛新美術館情報』誌の発行など、各方面の活動を開始。

1997年3月
 愛新美術館一時閉館。
 東広島市及び周辺各町の有力者による「愛新美術館継承会」発足。

2004年4月
 七年の閉鎖期間を経て、装いもあらたに同所で「愛新美術館」を再開。

2004年5月
 中国から愛新覚羅毓嶦さん夫妻来館。

2005年12月
 愛新美術館一時休館。

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