
嵯峨浩(さがひろ)、1914年東京生まれ、1987年北京で病没、女。旧侯爵嵯峨家実勝の長女、祖母が明治天皇の母方のいとこに当たる。
愛新覚羅・溥傑の二番目の夫人。二人の結婚は日満親善の象徴とされ、いまなお純愛物語のヒロインとされている。長女慧生は天城山心中事件で話題となった。浩の自伝『流転の王妃』には書道教師をしていたとある。遺骨は溥傑・慧生とともに下関市の中山神社に祭られている。
偶書 |
漢字部分は判読できないが、仮名の部分には、 山川の水際まされり春風滝の氷は今日やとくらむとある。 |
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寸法:41cm×32cm 1982年 |