
国道2号線沿いとはいえ山あいの里、どうしてここにこんなものが、とよく聞かれます。 1982年、たまたま北京で愛新覚羅を名乗る書道家と出会ったのが発端でした。あいしんかくら、知る人ぞ知る、中国最後の王朝・清朝の皇室の姓。くだんの書道家こそラストプリンス愛新覚羅毓嶦さんだと気づいたのはそれから何年も後のことでした。縁は異なもの。 毓嶦さんに導かれるように愛新覚羅に没頭、やがて中国で制作された「ラストエンペラー」に関する書籍の翻訳出版・テレビドラマの日本語版制作放送にたずさわり、ついには北京市と愛新覚羅氏一族の方々の支援を得て、1990年、私が山菜料理店を開いていたこの地に、愛新覚羅氏一族書画家の作品を展示する美術館を開くに至りました。 中国の伝統芸術は宮廷を中心に継承されてきました。いまなお宮廷派と呼ばれて伝統芸術界の中核をなす一族諸氏の書画作品を一堂に集めてご高覧に供し、もって微力ながら日本と中国を結ぶ一筋の糸とならんことを切に願うものです。 |
菅 館長 近影 |