あいしんかくら さいじゅん
1878年北京生まれ、1963年病没、男。
幼少のころから宮廷の学問所で学んだ。清朝爵位は貝勒。
1917年、張勲復辟失敗の時は、皇室代表として大総統徐世昌との折衝に当たり、1924年、溥儀紫禁城追放の際にも、清朝側代表として北洋政府と交渉するなど、重大局面で大任を勤めた。