
私たちが書法作品に接する場合の最初の難関は、書かれている文字一つ一つの正確な字画を特定し、いかなる文字であるかを識別することである。
日本語として私たちが日常的に使用するいわゆる当用漢字の総数は千八百五十字に過ぎないが、中国語で使われる文字の数はこれよりずっと多く、とりわけ書法作品によく見られる古典的中国語の文字数はその数十倍にも達し、私たちにはほとんどなじみのない文字少なくない。
加えて、書法作品にはさまざまな書体の文字が登場する。私たちがふだん見慣れている楷書・行書・或いは楷書に近い隷書であればまだしも、くずし字といわれる草書・篆書・金文・甲骨文などの考古学的文字もしばしば好んで使われており、こうした難解な書体の文字については、まずそれに該当する楷書体の文字を特定しなければならない。そのためには例えばくずし字辞典や篆書辞典などの参考文献で調べることもできるが、基本的には各書体について相当程度の経験的知識が要求される。或いは、少なくとも当面鑑賞しようとしている作品についてだけでも、各文字に該当する楷書体を知らなければならない。
いずれにせよ書法作品は文字で構成されたものであり、一つ一つの文字を正確に識別することなくしてその作品に近づくことは不可能である。