豆知識

清朝の宗室

 愛新覚羅の「愛新」は満語の「金」のすなわち金王朝を意味し、「覚羅」は満語の「国族」意味する。愛新覚羅を名乗るのは、努爾哈赤(ヌルハチ)のいとこ(努尓哈赤の父・塔克世の兄弟の子)以降の者で、塔克世直系の子孫を特に宗室と呼ぶ。更に当代の皇帝の兄弟の子女は近支宗室、それ以外の者は遠支宗室と呼ばれた。現在近支宗室とされるのは康熙帝以降の子孫である。

 清朝入関当時、宗室と呼ばれる者は百余人に過ぎなかったが、康熙年間には五百余人に達し、雍正年間には千人を超え、嘉慶代には四千七百人の多きに至った。嘉慶代以後、負担に堪えかねた朝廷では一部を宗室からはずして古都盛京(瀋陽)に帰らせるようになったが、それでも清朝滅亡時に宗室に登録されていた者は、明朝滅亡時の宗室二十万人には及ばないまでも、ゆうに二万人にも達していた。

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愛新美術館
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