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愛新美術館の館長 菅泰正氏は2014年9月24日逝去されました。

愛新覚羅美術館故・菅泰正館長に捧ぐ…

今から30年ほど前、竹原の田万里の「里の茶屋」という山菜料理店に行った時、
店主である菅さんに初めてお会いしました。
おだやかで、笑顔のたえない人でしたが、山菜の話になると一転、眼光鋭く、
とうとうと説明を受けながら食事をさせてもらいました。

何度か伺ううちに親しくなり、
私が白竜湖リゾート(当時は白竜湖リゾートセンター)の
常務になる時期に、菅さんは店を閉め、「愛新覚羅美術館」を開館しました。

「もう山菜では商売をしないから、いろいろ教えてあげよう」
こう言って、菅さんは私に山菜の採り方、
調理法、在庫の果実酒の一切を授けてくださいました。

時は過ぎ…。出会いから3年後、私は3店舗目の「和菜亭 次郎丸」を開店させた時、
菅さんに店名を筆耕していただき、奥様には高さ80センチ、長さ4メートルもの
水墨画大作「白竜湖」を手掛けていただきました。
その2年後にはプレスネット設立時に、報道関係OBとして貴重なアドバイスをいただき、
共に新聞談義に花を咲かせたものでした。菅さんに真の意味で友となったのは、
一緒に中国に旅行を重ねていくうちに、心の中に「縁」が生まれた時からだと思います。
その後は、菅さんを心から尊敬されている、後藤さん、谷村さん達の尽力があったのですが…。
今はもう…。

〈思い出とともに〉

先生の最後の仕事はNHKから依頼されたラストエンペラーに関する翻訳と資料提供、
そしてプレスネットの記事の校正でした。
酸素吸入器を会社に持ち込みながら、原稿に向い、
入院し、治療中も最後の最後まで仕事に打ち込まれていました。
感謝しか今は申し上げられません。

死を覚悟された時、病院に呼ばれ「出会ってから今日まで、本当に楽しかった。
こき使われてもこんなに楽しい仕事はなかった。
もう何の心配もしとらんよ」といつもの軽口と遺言を託された時、
ただただ、二人で泣きました。

先生、山菜料理の継承と美術館の再開館、新聞の発刊から4冊の本の制作まで、
今まで本当にご苦労様でした。安らかにお休みください

白竜湖グループ代表 川口伸二